第59話 交渉終了
最初は夜明けのような静けさ。次第にテンポがあがって、はずむようなメロディーに変わる。明るいメロディーに、エマは体を揺らした。変則的で軽やかな音色は、ディーが私たちと踊ったときのような、先ほどお嬢様たちが披露したピアノのような、そんな音色だった。
そして、ぽかぽかとした穏やかなメロディーにかわって、まるで陽だまりに身を任せて眠りを誘うような、そんな余韻を残して曲は終わった。
しばしの静寂のあとに、私たちは拍手を送った。
「すごいです、素敵な曲でした!」
エマが眼鏡を押し上げてそう言うと、私たちは頷いて賛同した。
「三人の演奏のおかげですよ。最後の一欠片が埋まりました。私だけでは曲は完成しなかったでしょう」
お嬢様は微笑むと、わずかに悲しそうな顔をした。
「曲が完成したのなら、もうわたくしたちの交渉期間も終わりですわね」
「ああ、そういえば、そういうお話でしたね。私の曲作りの間、レイチェル様たちはここに来るという――」
ディーは今思いだしたというような顔をした。暫く逡巡してから、困ったように眉をさげる。
「残念ですが、私はやはり人に指導するような気にはなれません」
「はい、分かっています」
お嬢様は微笑んだ。
「ディーのことはこのアトリエで一緒に過ごして、少しは理解できたと思っています。指導という堅苦しいものは、あなたには似合いませんわ」
「では、指導の話はなかったということで?」
「それで構いません。ここに通う間にわたくしは学ぶことが多かったですから、これだけでじゅうぶんなのです。ありがとうございました」
すっきりとした表情でそう言うと、敬意を示すように一礼をした。そんなお嬢様をディーはぽかんと見つめる。
「感謝をされるようなことは、なにもしていないはずなのですが。――しかし、もう皆さんが来て下さらないというのは、少し寂しいですね」
ディーは眉を寄せてしばし目を閉じた。
やがて一つ頷いて、微笑んでみせる。
「曲は完成しましたが、アトリエにはまた遊びに来てくださいますか」
お嬢様は目を瞬く。
「いいのですか?」
「ええ、今回の曲はあなたたちのおかげで完成したのですし、今後も皆さんといるといい作品が作れる気がします。指導はできませんが、私と共にいるだけでレイチェル様にはよい刺激になるのでしょう? そうであれば、お互いいいことだらけですね」
それに、とディーは私を見る。
「リーフの音ももっと聴いていたいですから」
お嬢様は一度私を見た。確認するようなその視線に頷き返す。お嬢様はディーに向き直ると、嬉しそうに微笑んだ。
「それでは、今後もよろしくお願いしますわ」
「はい、どうぞよろしくお願いします」
くすくす微笑んで、ディーが差し出す手をお嬢様は握り返した。
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