第6話 家令の言葉

 ライラ様の使用人であるジルと別れて階段をのぼり、指示された本館の部屋で待っていると、白髪交じりの男性が現れて会釈をした。私も立ち上がってドレスの裾をつまみ一礼する。


 ――呼びつけてきたのは旦那様なのに、本人は来ないのか。


「おはようございます、家令。レイチェルお嬢様の代理で参りました」

「ご苦労様です」


 男はこのバルド家当主である旦那様に長年お仕えしている家令のセバスチャンだ。ほっそりとした長身を洗練された動作で動かす様子に抜け目はない。バルド家当主の使用人という肩書きは伊達ではないと一目で分かる。


 私も幼い頃からレイチェルお嬢様にお仕えしてきたから彼との付き合いも長いが、仕事中の彼を前にすると背筋が伸びる。

 プライベートで会うときは、なかなか気さくな方なのだが。


「本日お呼びしたのは、宮廷の茶会の件です。先日招待状が届きました。レイチェル様とライラ様、お二方に届いております」


 すっと差し出されたのは王家の紋章が入った封筒。紛れもなく、宮廷からの招待状だろう。


「レイチェルお嬢様にお渡しいただきますよう、お願いいたします」

「承知いたしました」

「参加の可否についてはまたお知らせくださいませ。こちらからお返事を出させていただきます」


 宮廷の茶会。

 この国の王位継承権をもつ第一王子は現在一八歳。そろそろ婚姻について考えていただかなければと国中が騒がしくなっている。后候補を探すための宮廷の茶会も、最近では度々開催されていた。


 自分の家から后となる娘を出すことができれば、一族は安泰だ。貴族たちも躍起になっている。


 かつては最も后に近いと称されたのはレイチェルお嬢様だった。この国でも有数の上流貴族の長女で、容姿も教養も申し分がなかったからだ。しかし、今ではライラ様の方が后になるのではと噂されている。


「レイチェル様は今どうなさっていますか」


 封筒を見ながら考えていると、険しい顔をした家令が声をかけてきた。


「まだ別館から出られる様子はございませんか」

「ええ、そのようです」

「レイチェル様の名誉を挽回するとすれば、おそらくこの機会が最後でしょう。このまま別館でお一人の生活をなさるか、世間の評価を改めさせるか。ここが瀬戸際です。どうかお考えくださいますよう、レイチェル様にお伝えください」


 家令の言葉がのしかかり、私は「はい」と重い返事をした。


 他の貴族も躍起にはなっているが、このままいけばライラ様が后になるだろうと予想できる。今のところ、バルド家を凌駕する貴族はいないのだから。

 もしライラ様が后になったとしたら、完璧な妹と、落ちぶれた姉という評価がずっとつきまとうことだろう。この国の后の立場はそれくらい唯一無二なのだ。


 これが最後の機会――。


 考え込んでいると、ぽんっと肩に手がのせられる。

 家令は険しい顔を一転して微笑みを浮かべていた。細い皺が品よく浮かべられた目元を優しそうに細める。


「私はレイチェル様も、ライラ様もお慕いしております。お二方にはどちらにも健やかな生活を送っていただきたいと思っている。絵空事かもしれませんが、双方悔いの残らない選択をしてほしいのです」


 レイチェル様のことはよろしくお願いしますと頭を下げる家令に見送られて、私は戸惑いながら本館をあとにした。


 お嬢様が社交界に戻れるかどうか。もうこれが最後の機会なのだろう――。

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