第49話 


 『自分の気持に素直になってみたら?』


 翌日になっても新島先輩の言葉が頭から離れない。

 素直になっても報われないなら……もしかしたら気持ち悪い妹だと思われたらと考えてしまう。


「ダメだなぁ……ネガティブな事しか浮かんでこない」


 そう独りごちて、思考を振り払う様にかぶりを振る。それから大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせてお兄ちゃんの部屋のドアをノックして中に入った。


「どう? お兄ちゃん。少しは良くなった?」

「ああ、熱も下がって倦怠感も無くなったよ」


 そう言って腕をぐるぐる回す。

 

「良かった。でもあまり調子に乗らないように! 今日一日は安静にしててね」

「大丈夫だって」

「ダメでーす。風邪はひき始めと治りかけが一番重要なんだから」

「母さんみたいな事言うな」

「はいはい、なんとでも言いなさい。とにかく安静にしてるんだよ」

「はぁ、分かったよ」

 

 諦めたようにベッドに横になるお兄ちゃんを見届けて部屋を出た。

 少し体調が良くなったからって直ぐ調子に乗るんだから。


 でも、良くなってよかった。


 

 リビングでテレビを見ながら勉強しているとインターホンが鳴った。

 まさかまた新島先輩が来たのかな? と頭の隅で考えつつモニターを確認すると、今度は沙月ちゃんが立っていた。


 玄関を開けると沙月ちゃんは元気良く挨拶してくる。


「柚希ちゃんやっほ~」

「やっほー。もしかしてお兄ちゃんのお見舞い?」

「うん。急だったけど大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。体調も良くなってきてるし」

「よかった~」


 家に招き入れお兄ちゃんの部屋まで案内する間、疑問に思った事を聞いてみる。


「そういえば、どうしてお兄ちゃんが体調崩したって知ったの? 心配掛けない様に黙ってたのに」

「昨日南さんから聞いたんだ~。南さんは楓さんから聞いたって言ってた」

「そうだったんだ。実は昨日新島先輩もお見舞いに来たんだよ」

「へ~、そうだったんだ。楓さんには知らせてたの?」

「ううん。でも学校で体調悪そうにしてたからもしかしたらって言ってた」

「さすが楓さん。伊達に元彼女じゃないね~」

「ふふ、そうだね」


 新島先輩の時は私との話がメインで、お見舞いは口実の様な事を言っていたけど、お兄ちゃんが体調不良だという事をわざわざ沙月ちゃんに知らせたのはお見舞いに来させる為?

 だとすると新島先輩から見てもお兄ちゃんは沙月ちゃんの事が好きな様に映ってる?

 だったらなんで私にあんな事言ったんだろう。


 新島先輩は自分の気持ちに素直になれって言ってくれたけど、今の私は沙月ちゃんとお兄ちゃんを応援するだけだ。


 密かにそんな決意をし、お兄ちゃんの部屋に入る。


「お兄ちゃーん、沙月ちゃんが――」

「うお! ビックリした! ノックくらいしろよな」


 そう言いながらお兄ちゃんは慌ててTVゲームの電源を切る。

 安静にしててって言ったのに少し調子がよくなるとこれだもんなぁ。


「そんなことより沙月ちゃんがお見舞いに来てくれたからちゃんと休んでて」

「沙月まで来たのか」


 やれやれといった感じに肩を竦める。

 そんなお兄ちゃんに対し私の後から入ってきた沙月ちゃんが文句を言う。


「なんですか~その言い方は~。折角お見舞いに来てあげたのに帰っちゃいますよ?」

「悪い悪い、冗談だよ」

「もう~」


 沙月ちゃんも本気で言っていた訳じゃなくていつものノリで返す。


「私は飲み物持ってくるから沙月ちゃんは適当に座ってお兄ちゃんの相手してて」

「おっけー」


 「何で柚希が仕切るんだよ」という言葉を無視して部屋を後にする。

 キッチンで麦茶を注ぎながらさっきのお兄ちゃんと沙月ちゃんのやり取りを思い出す。

 お互いに遠慮がなくて、素で接してるのがわかる。


「お似合いだよね……」


 沙月ちゃんを応援すると決めたものの、言葉に出してしまった事で胸が締め付けられる。

 こんなんじゃダメだ。どんな時も平常心でいないと!

 改めて気合を入れ直してお兄ちゃんの部屋へ向かう。


「お待たせ、飲み物ここ置いとくね」

「ありがと~。ほら、友也さんもちゃんとお礼言わないとダメですよ!」

「分かってるよ。柚希、サンキュー」

「うん。私は勉強の続きしてるから、帰る時は声かけてね」

「わかった、ありがと~」


 お礼を受け取って部屋から出ると話し声が部屋から漏れ聞こえてきた。

 ダメだと思いつつも聞き耳を立ててしまう。


«ささ、友也さんさっきの続きといきましょうか»

«いやいや、別に興味ないから»

«そんな事言って~、さっきから私の胸見てたの気づいてたんですからね~»

«それは……沙月が変な事言うから……»


 え? ええ!? 私がキッチンに行ってる間に何があったの?


«ほら、友也さん見てくださいよ»

«な、何やってんだよ沙月!»

«何って、ブラウス脱いでるんですけど»

«だから! 何で脱ぐ必要があるんだよ!»

«あれ? もしかして脱がしたかったですか?»

«ちょ、そんな格好で近づくな!»


 ど、ど、どうしよう! 沙月ちゃん本気だ!

 でも、私は沙月ちゃんを応援するって決めたし……。

 それにお兄ちゃんの邪魔はしたくない。


 だけど……どうして涙が溢れてくるんだろう――


«友也さん……私、もう……»

«さ、沙月……»


「やっぱりダメーー!!」


 気がつくとドアを開けて叫んでいた。


「ゆ、柚希ちゃん!」

「柚希!」


 ブラウスをはだけさせた沙月ちゃんと、それを宥めようとしているお兄ちゃんが驚いた様子で私に視線を向ける。

 だけど今はそんな事どうでもいい!

 

 沙月ちゃんに詰め寄り感情に任せて言葉をぶつける。


「こんな風に迫るなんて何考えてるの!」


 と詰め寄ると沙月ちゃんははだけた服も直さず、ため息交じりに言う。


「あーあ、邪魔が入っちゃった」

「邪魔って何? お兄ちゃんを揶揄ってたの!」

「だったら何? 柚希ちゃんに関係ある?」

「何でそういう事言うの? 応援してくれるって言ったじゃん!」

「あ~、そんな事も言ったかな?」

「ふざけないでよ!」


 応援してくれるって言葉を信じてきたのにこんな裏切りはあんまりだよ!


 私達の口論にお兄ちゃんが仲裁に入るが、今は沙月ちゃんがどういう思いであんな事してたのかが重要だ。

 もし私を利用してたんだとしたら許せない!


「っていうかさ、柚希ちゃんはなんだからしゃしゃり出ないでくれる」

「っ!?」


 まさか沙月ちゃんからそんな事言われるなんて思ってもみなかった。

 思わず睨みつけてしまうが、私には興味ないといった感じで髪を弄っている。


「分かったら早く出てってくれないかなぁ」

「――だ」

「なに? 聞こえないんだけど」

「嫌だ! お兄ちゃんは渡さない!」

「何言ってんの? 意味分かんないよ」


 私だって――――


 私だってお兄ちゃんの事が――――



「私だってお兄ちゃんの事が好きなんだから!!」



 そこまで言ってハッ! とする。


「柚希……今のって……」

「ち、違うの! ううん、違くなくて! じゃなくて――」


 どうしよう! 勢いに任せて言っちゃった!


 どう取り繕うかとあたふたしてると、ブラウスのボタンを締めながら沙月ちゃんがしたり顔で


「やっと言えたね」


 と嗜虐的な笑みを浮かべていた。

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