第37話

 週明けの月曜日。

 教室に入ると、案の定クラスメイトが群がってきた。


「柚希ちゃん大丈夫だった!?」

「私は大丈夫。ちょっと足挫いちゃったけど」

「ねぇねぇ佐藤さん! 友也先輩が守ってくれたんでしょ?」

「う、うん」

「中居先輩と田口先輩もケンカしたってマジ? サッカー部大丈夫かよ」

「えっと……」


 

 少したじろいでいると武田くんが割り込んできた。


「ほらほらみんな。そんな一遍に訊いたら佐藤も困るだろ? その辺にしとこうぜ」


 武田くんの鶴の一声で私はようやく私は質問攻めから解放された。

 さすがはクラスのリーダーだ。


 いつものように席に着きいつものグループの会話に混じる。

 めぐは先に着いてたらしく、私の足を見ると心配そうな顔を向けてきた。


「おはよう、ゆず。その足……」

「おはよ。私は平気だよ」

「本当に大丈夫? 心配したんだよ」

「もう、大丈夫だって~」


 昔から変わらず、めぐはいつも私を気にかけてくれる。

 あまり心配させないようにしないと。


「武田くん、さっきはありがとう」

「き、気にすんなよ。朝から大変だったな」

「武田ってゆずの事になると必死だよね~」

「もしかしてゆずの事好きなの~?」

「そ、そんなんじゃないって!」

「ホントかな~」

「あーもう! 俺の事より佐藤の事だろ! 本当に大丈夫か?」

「平気だよ。それより、皆心配かけちゃったよね」

「まぁな。ただでさえ学校で注目を浴びているグループが包帯だらけで登校したんだから」


 確かにお兄ちゃん達の影響力は今や学校全体に及ぶほどだ。

 今回の事があまり悪い噂に膨らまないといいんだけど。


 その後、担任の横山先生が来るまで喧騒は収まらなかった。



 SHRが終わりスマホを覗くとお兄ちゃんからLINEがきていた。


〈先生に呼び出しされた。そっちはどうだ?〉

〈ウチのクラスも大騒ぎ。先生からは何も言われてないよ〉

〈そっか。もし何か聞かれても知らないふりをしろよ〉

〈大丈夫なの?〉

〈任せろ〉

〈わかった〉


 どうやらお兄ちゃん達は指導室に呼ばれるみたいだ。

 これからどうなっちゃうんだろう。

 警察呼ばれたりするのかな。


 私は拭いきれない不安を抱えたまま午前中を過ごした。



 お昼ご飯を食べ終わり暫くすると、横山先生が声を掛けてきた。


「佐藤、急ですまないが指導室まで来てくれ」

「え? はい、わかりました」


 何の用事かは直ぐに察しがついた。

 お兄ちゃんは『知らないフリしろ』って言ったけど、とりあえず言う通りにしよう。

 私は指導室へ向かった。



「1年A組の佐藤です。失礼します」


 ノックし指導室に入ると、そこには新島先輩、水瀬先輩、及川先輩の姿があった。

 対面には横山先生と生活指導の先生が座っている。


「来たか。そこに並んでくれ」

「はい」


 私は列に加わった。


「すまないな、折角の昼休みに急に呼び出して」

「問題ありません。それで、私達に何か用ですか?」


 新島先輩の問いに、横山先生が真剣な面持ちで口を開いた。


「単刀直入に聞く。昨日何があったんだ? 先生達に話してくれ」

「何の事ですか?」

「藤宮で不良に絡まれたらしいじゃないか」

「私達は何も知りません。人違いでは?」


 それから暫く先生達との問答は続いた。

 私達は当然、知らないフリを突き通した。


「はぁ……もういい。今日は帰りなさい」


 横山先生達に挨拶をして、私達は指導室から出た。

 

「先生達、心配してましたね」

「自分の学校の生徒が騒ぎに巻き込まれてケガしたら無理もないよ」

「目立つのは嫌いじゃないけどさ、あんまり大事にしたくないなぁ~」

「いずれにせよ堂々としましょ。悪い事はしてないんだから」


 新島先輩の言う通りかもしれない。

 心配しても仕方ないし今は文化祭の準備に集中しないと。



 指導室を出てから新島先輩達と別れた私は教室に戻った。

 折角の昼休みが潰れちゃったけど、仕方ないか。


 文化祭の準備期間という事で午後の授業はなく、私達のクラスは演劇の出し物の準備に勤しんだ。

 

 放課後になると横山先生から声が掛かった。


「もう一度聞かせてくれ。昨日、誰に、何をされたんだ?」

「私達は何もしていません」

「わかっている。だから『何をされたのか』と聞いているんだ」

「え?」

「実は知ってたんだ。お前達が昨日何をしてたのか」


 思わず「どうして」と呟いてしまったけど、先生は気にかけることなく話を続けた。

 

「俺の知人から家に電話があってな。ちゃんと説明してもらったんだ」

「知人、ですか」

「あぁ。昔世話になった――いや、の方が正しいか。色々と問題事ばかり持ち込む奴だったが、絶対に嘘はつかなかった」


 私達の事は誰にも言ってないのに。

 一体誰だろう。


「安心しろ。他の先生には俺からうまく説明しておく」

「いいんですか?」

「俺はお前達が悪い事をする生徒じゃないって信じている。それに、知人(アイツ)の事も信用しているからな」


 そう言い残し、先生は教室を出ていった。

 スマホを見ると、お兄ちゃんから〈一緒に帰ろう〉とLINEが来ていた。



 校門の前でお兄ちゃんを待っている間、私は思案を巡らす。


 先生の知人って誰だろう。

 私達の情報を知っていて、こんなに早く行動をとれる人。

 それってもしかして――。


「柚希、待たせたな」


 お兄ちゃんと一緒に中居先輩達の姿も見えた。


「ううん。今来たとこだよ」

「先輩達も一緒なんて珍しいですね」

「あぁ。サッカー部も練習ねぇしな」

「そういう事。だからこれからみんなでご飯食べに行くことになったの」

「そうだったんですね」


 中居先輩と田口先輩は所々に包帯を巻いていたけど、いつも通り元気そうで安心した。


「柚希ちゃんも来ない? 私の奢りよ」

「奢りなんて悪いですよ」

「気にしないで。昨日はゆっくりできなかったでしょ?」

「それは、確かに」

「しかも今は部活ないし皆も予定ないみたいだから。今日こそはみんなで楽しみたいなって思ったの」


 新島先輩がこんなに積極的に誘ってくるなんて珍しい。

 そこまで言うのには何かワケがあるのかもしれない。


「そう……ですね。それじゃあ私もお邪魔させてください」

「ありがとう、柚希ちゃん。じゃあ行きましょうか」


 私達はいつものファミレスに向かって歩き出した。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る