第23話

 私は今、友華さんと一緒に沙月ちゃんがバイトを終えるのを待っている。

 今日は4人で海に行く計画を立てる予定だ。事の発端は友華さんのある一言が切っ掛けだった。


 『私、海に行った事がないんです』


 その言葉を聞いた私は、水着美女を侍らすお兄ちゃんを想像した。

 きっと周りから注目されるだろう。

 沙月ちゃんも賛同してくれたお陰で、最初は渋っていたお兄ちゃんもやっと了承した。


 そして今日は4人で何処の海に行くか? 何日にするか等を決める為にバイト先のファミレスに来ている。

 ちなみにお兄ちゃんは新島先輩と水瀬先輩との約束があるらしく、少し遅れるらしい。


 暫くしてバイトを終えた沙月ちゃんが私達に合流する

 日程について話していると、お兄ちゃんからLINEが来た。


〈楓と南も海に行きたいって言ってるけど一緒でいいか?〉 


 という内容だった。

 美女が増える事になんら不満は無かったので、直ぐに


〈大丈夫だよ〉


 とだけ送った。


 お兄ちゃんにLINEを送った後、沙月ちゃんと友華さんにも事情を説明すると快く快諾してくれた。


 お兄ちゃん達が合流し、それぞれが自己紹介をする。驚くことに新島先輩と水瀬先輩は友華さんと顔見知りだった。

 なんでも友華さんは図書委員らしく、何度か面識があるそうだ。


「友也くん、いつのまに桐谷先輩と仲良くなったのかな?」

「それに妹ちゃんまで一緒だし!」

「お、落ち着けって! 友華さんの事は前に話しただろ?」

「それはただ人助けするだけって言ってなかった?」

「私はトモを信じてたからオッケーしたんだよ!」

「だから違うって!」

「え? じゃあ私の事は遊びだったんですか?」

「沙月はちょっと黙っててくれ!」

「ほら! 凄い仲いいじゃん! トモの嘘つき!」

「お兄ちゃん、観念しよ?」

「柚希まで何言ってるんだよ!?」


 私達のやり取りを黙って見ていた友華さんがポツリと呟いた。



「なんだかハーレムみたいですね」



 その言葉に皆ポカーンとしている。

 いち早く正気に戻った沙月ちゃんが、またもや衝撃発言をした。


「皆さん友也さんの事好きなんですよね? だったらこの際全員と付き合っちゃえば良いんじゃないですか!」


 沙月ちゃんの言葉で更に混乱している。

 だけど水瀬先輩だけは


「それ良い! みんなトモの彼女! トモはみんなの彼氏! 最高じゃん!」


 と、事情を知らない人が聞いたら馬鹿みたいな事を言う。

 だけど此処に居る全員普通の恋愛はしていない。

 水瀬先輩の発言で新島先輩も正気に戻った。


「それなら誰も悲しまない……のかな?」

「それだけじゃないよ! 彼女って事は今まで我慢してた事だって出来ちゃうんだから!」

「「「っ!?」」」


 水瀬先輩の一言で決まったな。

 と思っていると、お兄ちゃんが


「いやいや、冷静に考えろって! 皆と付き合うなんて可笑しいだろ?」


 というごもっともな意見だったけど、新島先輩の


「だったら誰と付き合いたいのかハッキリさせて!」


 の一言に撃沈した。


 その後は女子全員で海の計画を立てていった。

 話の流れで、どうせなら泊まりで行きたいとなった。

 

 そこでもお兄ちゃんが異を唱えたが、呆気なく却下された。

 お兄ちゃんって尻に敷かれるタイプ? と感じてしまったのはしょうがない。


 沙月ちゃんが近場の海で泊まれる所を探してくれて、なんとか予約はとれたようだ。

 ただ、急な予約だった為、明後日しか空いてないという事で、海に行くのは明後日という事になった。



 当日、始発で目的地に向かい、4時間掛けて目的地に着いた。

 駅に降り立つと潮の懐かしい匂いに包まれる。


「海なんて久しぶり」

「海だーー! トモ早く泳ぎたい!」

「そんなに焦らなくても海は逃げないぞ」

「でも友也さんは逃げそうですよねー」

「お兄ちゃんはヘタレだからなぁ」

「ふふ、友也くん人気ですね」


 とりあえず近くの海の家へ行き着替える事になった。


 水着で登場すると、お兄ちゃんは顔を真っ赤にさせてそっぽを向いてしまった。

 純情なのはわかるけど、感想くらいは言って貰いたいので沙月ちゃんと力を合わせて無理矢理水着を見せる。


「み、みんな凄いにあってるよ」


 とだけ言って走って海へ逃げて行った。

 そんなお兄ちゃんを女性陣皆で追いかけ、いつの間にか鬼ごっこになっていた。


「はい、ターッチ! 次はトモが鬼ー」

「はぁはぁ、くっそ~、運動部とじゃ体力違いすぎだろ」

「あはは、トモダッサ~い」

「絶対捕まえてやるからそこを動くな!」

「嫌でーす!」


 鬼になった人はお兄ちゃんを的にする為、お兄ちゃんが鬼でいる時が一番多い。

 何故皆がお兄ちゃんを狙うかは分かってる。

 帰宅部で体力が無いからではない。引き締まった身体に触りたいんだ!

 春休みから続けさせてた筋トレが役に立った。


「はぁはぁはぁ、もう限界だ~」


 と言ってお兄ちゃんは膝に手を付き、立ち止まってしまった。

 こんなことならランニングもさせておけばよかった。

 と考えていると、近くに居た新島先輩がお兄ちゃんの所まで駆け寄る。


「大丈夫友也くん?」

「ふふ、引っかかったな! ターっうおぁ!」

「きゃ!」


 バシャーンと音を立てて二人共その場に倒れた。

 お兄ちゃんが振り向きざまにタッチをしようとして新島先輩を巻き込んだかたちだ。


「お兄ちゃん大丈夫~? 無理しすぎだよ~」

「トモ~、楓~大丈夫~」


 私達は一旦逃げるのを辞めてお兄ちゃんの傍まで行く。

 すると起き上がろうとする新島先輩の姿が見えた。


「ビックリしたー。友也くん大丈夫?」


 と今まさに起き上がろうとしているお兄ちゃんに声を掛けている。

 私は咄嗟に


「お兄ちゃん! 今起き上がったら許さないからね!?」


 と叫んだが、聞こえなかったらしくお兄ちゃんが起き上がり新島先輩を見て固まった。


「どうしたの? 何処か痛い?」


 と心配そうにしている新島先輩だが、まだ気づいていないらしい。

 胸の部分の水着が外れている事に。


 部活で鍛えた足腰で素早く二人の間に走り込む。


「新島先輩! 水着取れちゃってます!」

「えっ? きゃあ!」


 漸く事態に気づいた新島先輩が慌てて後ろを向いて手で隠す。

 その一部始終をお兄ちゃんは何も言わずに見ていた。

 そして私はお兄ちゃんと視線を合わせ、怒気を含ませながら話しかける。


「お兄ちゃん」

「はひ!」

「見たよね?」

「な、何をでしょうか?」

「見たよね?」

「……はぃ」


 問答無用で頭を掴んで海に沈める。

 お兄ちゃんを沈めている最中に水瀬先輩と沙月ちゃんも合流して事態を把握した。


「トモ、そんなに見たかったの?」

「友也さんってムッツリだったんですね~」


 と声を掛けているが、今私が沈めているので聞こえているかは分からない。

 そもそもこんなマンガみたいな事を実際にやる人が身内にいたとは。

 そういえば私もお風呂上がりに裸見られたんだった。

 もしかしてお兄ちゃんってラッキースケベ体質?

 などと考えていると、水瀬先輩が私の肩を叩きながら


「ね、ねぇ? トモ死んじゃうよ?」


 と言われて掴んでいた手を話す。

 

「ゲホッゲホッ、柚希、殺す気か!」

「何? 何か文句ある? それだけの事したでしょ?」

「はぃ、ごめんなさい」


 消え入るような謝罪の言葉は波と一緒に流れていった。


 新島先輩の水着も私がお兄ちゃんを沈めている間に見つかり、とりあえず一旦休憩する事にした。


 



 お昼は海の家で済ませ、日も傾き始めたので、そろそろ旅館に行こうという事になった。

 しかし海の家のシャワーはどうしてあんなに水圧が弱いのだろう。

 

 沙月ちゃんの案内で予約していた旅館に着く。

 受付を済ませて仲居さんの後を付いていく。


 案内された部屋は結構広く、窓からは海も見えた。


「では、ごゆっくり」


 と言って仲居さんが立ち去ろうとした所でお兄ちゃんが仲居さんを引き止める。


「あの、予約してた部屋ってここだけですか?」

「はい、承ったのは一部屋だけでございます」


 仲居さんの言葉でお兄ちゃんが固まった。

 

「それではまた後ほどお伺いします」


 と言って今度こそ仲居さんが去っていった。


 実はお兄ちゃん以外、沙月ちゃんから一部屋しか予約出来なかったと知っている。

 部屋は十分に広いし、皆が皆を監視出来るという事で一部屋で良いという事になっていたのだ。

 正気に戻ったお兄ちゃんが抗議してくるが、今から泊まれる部屋は無い為、渋々了承した。


 私たちは早速温泉に向かった。

 やはり海の家のシャワーだけでは完全に汚れは落ちないし、何より露天風呂という事でテンションが上がっている。

 水瀬先輩と沙月ちゃんが一緒に入る? とお兄ちゃんをからかっていたが、水瀬先輩の目は本気の様に見えた。


 温泉を堪能して浴衣に着替え、部屋で寛いでいると、仲居さんがやってきた。


「お食事のご用意が出来ましたのでご案内します」


 との事だった。

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