第17話

 夏休みに入り3日目の夜、いつも通り私の部屋で会議をしている。

 そう! いつもの会議なんだ。


 お兄ちゃんと食事に行ってから会議の時は少しオシャレしたり、お兄ちゃんの分の飲み物を用意したりしてるけど、だ。

 別に意識してほしいとかじゃないけど、少し位は褒めてくれたっていいのに!


「へ~、今日は唐揚げ食べたんだ?」

「ああ、結構美味しかったな」

「私の作った唐揚げとどっちが美味しかった?」


 夏休み初日からお兄ちゃんは新島先輩が言った通り、水瀬先輩のアプローチを受けている。

 初日にお兄ちゃんの言動が怪しかったので追求すると、キスを迫られおでこにキスをしたと吐いた。

 あの動揺っぷりだとそれだけじゃないだろうとは思ったけど、それ以上は追求しないでおいた。


 水瀬先輩のプライバシーもあるし、何よりそれ以上訊くのが怖かったから。

 もし、大人の階段を登っていたら……なんて事を考えてしまった。


 そんな事もあって、水瀬先輩に少なからず嫉妬してしまっている。

 だから、楽しそうに話すお兄ちゃんに思わず意地悪な質問をしてしまった。


「まぁ、柚希の方が美味しいよ」


 とそっぽ向きながら答えた。

 そう答えるお兄ちゃんの耳は赤くなっていて、嬉しさが込み上げてくる。


「ふ、ふ~ん」

「な、なんだよ、そのそっけない態度は! 柚希がどっちが美味しかったか聞いてきたんだろ」

「それもそっか、ありがとうお兄ちゃん♪」

「お、おう」


 自分の中の最高の笑顔でお礼を言うと、お兄ちゃんの顔は更に赤くなった。

 わかりやすくて可愛いなぁ。


「で、明日は新島先輩の番なんだよね?」

「ああ、明日からは一日ごとに順番になってる」

「それじゃ明日の報告楽しみにしてるから」

「楽しむな! こっちは真剣なんだから」

「はーい」


 こうして今日の会議は終了した。


 お兄ちゃんが部屋に戻った後、ベッドに横になり考える。

 水瀬先輩と新島先輩がアピールしてる間、私に出来ることは何だろう?


 この間までお兄ちゃんと二人きりで過ごしたけど何か進展があったかと言われると難しい。

 家事洗濯をして女子力をアピールしたけど、お兄ちゃんはどう感じてくれただろう。


 まぁ、最終日の外食の時はいい感じだったとは思う。

 だけどお兄ちゃんにとっては大切な妹を労うって方が強いんだろうなぁ。


 何か私にしか出来ない事ないかなぁ……。



 次の日の夜、いつもの時間に会議が始まると、お兄ちゃんは少し興奮気味に話しだした。


「聞いてくれ! 楓が実は初恋の人だったんだよ」

「……え?」

「えっと、去年の文化祭で始めて好きになった人が居たんだけど、それが楓だったって今日知ったんだ!」


 初恋の人?……去年の文化祭? 


「去年好きになった人が初恋の人なんだよね?」

「ああ。初恋にしては遅いけどな」

「どうしてその時新島先輩って気づかなかったの?」

「それがさ、クラスの出し物でコスプレしてたらしくて、それで楓だって気づかなかったんだよ」

「そ、そうなんだ」


 新島先輩から聞いた話と一緒だ。

 コスプレというのは新島先輩の家で見せてもらった写真の事だろう。


 新島先輩は自分から言うつもりはないって言ってたけど、どういう経緯でお兄ちゃんが知ったんだろう。

 もし新島先輩から言い出したとなると……。


「どうして新島先輩が初恋の人ってわかったの?」

「それも凄い偶然でさ、床に寝っ転がったらベッドの下に日記帳があって――」

「まさか勝手に読んだの!?」

「そんな事してないって! ただ、日記から写真がはみ出てて、その写真を見たら初恋の人が写ってたんだ」

「それで新島先輩を問いただしたってわけ?」

「いや、写真を見てるところを楓に見つかって、そこから去年の事を聞かされたんだ」

「ふ~ん」


 てっきり新島先輩がバラしたのかと思ったけど、まさかお兄ちゃんが写真を見つけちゃったなら話すしかないか。

 っていうか、本当に新島先輩は自分から話すつまりは無かったんだなぁ。

 写真もコルクボードじゃなくて日記帳に挟み込んで、更にベッドの下に隠してたなんて。

 

 それを偶然とはいえ、見つけるお兄ちゃんもお兄ちゃんだよ。

 なんで床に寝転がったの? 私の部屋じゃそんなくつろいだ事無いのに。


 それに初恋の人が分かった嬉しさは分かるけど、ちょっと喜びすぎじゃない?

 そんなに初恋の人がいいの?

 そんなに初恋の人が新島先輩だった事が嬉しいの?


「お兄ちゃんはさ、初恋の人が分かって嬉しいの? 初恋の人が新島先輩だから嬉しいの?」

「え? う~ん。どっちなんだろう」

「はぁ? なにそれ」

「なんと言うか、初恋は楓と知らないで好きになったし、楓を好きになったのは初恋とは関係無かったからなぁ」

「でも初恋の人が新島先輩だー! って喜んでたじゃん」

「そうなんだけど、う~ん、やっぱり言葉にするのは難しい」

「なにそれ、意味分かんない」


 何をそんなに悩んでいるのかわからない。

 初恋の人が実は新島先輩でした! やったー! じゃないの?


 私が理解出来ないという顔をしていると、お兄ちゃんから問いかけられた。


「柚希はどうなんだ?」

「へ? なにが?」

「何が? じゃなくて、初恋の人に会ったら嬉しいだろ?」

「初恋の……ひと」

「うん」


 やっぱりお兄ちゃんは何も分かってない。

 私の初恋は……私の好きな人は……。


 私はベッドから立ち上がり無言でお兄ちゃんの傍に行く。

 そしてお兄ちゃんを押し倒し、そのまま馬乗りになる。


「ちょ、柚希! 何してんだ」


 お兄ちゃんの抵抗を無視し、お兄ちゃんの耳元で囁く。


「私の初恋の人知りたい?」

「ま、待て! 今はそんな場合じゃ……」

「ふふ、何慌ててるの?」

「慌てるに決まってるだろ! 柚希こそ何やってるか分かってるのか?」

「勿論♪ お兄ちゃんの温もりが伝わってくるよ」


 そう囁いた後、耳に吐息を吹きかける。


「ぁあっ!」

「ふふ、かわいい」

「やめ……ろ……」

「はぁはぁ、お、兄ちゃん……」


 どうしよう。

 最初は少しからかうつもりだったのに……。

 だんだん頭がボーッとしてきちゃった。


「どう? 結構胸あるでしょ? 私もなんだよ」

「なに……言って……」

「ねぇ……しよ?」

「ダメだって! 俺たち兄妹だろ!」

「……女として見てくれないの?」

「見ちゃマズイだろ!」

「ちゃんと私を女として見て」

「だから……ダメだって!!」

「きゃっ!」


 お兄ちゃんが強引に横に転がるように動いたので、今度は私が下になった。

 こ、この体勢って……


「その気になってくれたの?」

「わ、悪い!」

 

 そう言って私から離れようとするお兄ちゃんの腰を両足でホールドする。


「何してんだよ! やめろって!」

「だーめ。私の初恋の人知りたいんじゃなかったの?」

「も、もういい! 教えなくていいから!」

「いいから聞いてよ」


 そう言ってお兄ちゃんの首に腕を回して抱きしめる。

 再び囁くように


「私が好きなのはお兄ちゃんだよ♡」


 それだけ囁き、お兄ちゃんを開放する。

 すると、一瞬で私から距離を取ったお兄ちゃんが分かりやすく動揺している。


「ゆ、柚希。お、お、お前……」

「あーあ、言っちゃった。ずっと黙ってようと思ったのに」

「ほ、本気……なのか?」

「……お兄ちゃん……」


 ゴクッとお兄ちゃんがツバを飲み込む音が聞こえた。


「な、なーんてね、冗談だよ」

「へ?」

「だ・か・ら! 冗談って言ったの!」

「なっ! 冗談の域超えてるぞ! 俺がどれだけ我慢し……なんでもない」

「へ~、我慢してたんだ~? そういえば何か当たってた気がする」

「き、気のせいだろ! もう部屋に戻るからな!」


 と言って勢いよくドアを開けて部屋から出ていく。

 私はお兄ちゃんに聞こえるように


「私はいつでもオッケーだからねー!」


 と閉じられた扉に向かって叫んだ。

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