第81話  憂い

学年が変わっても、私の周りは相変わらず騒がしかった。


三年生に上がって関係がある程度リセットされたこともあるのかもしれないが、やはり一番の原因はあれだろう。心当たりは十分あった。




(やっぱりテレビになんて出るんじゃなかったなぁ…)




心の中でため息をつく。つい先日。それこそ春休みに、私はとある朝番組にゲストとして出演したのだ。


といっても、それほど大した内容じゃない。今人気のモデル紹介と称されて、たかだか数分アクセや小物周りを身に付けてポーズをとっただけである。




私の人気が上がってきたとかで売り出したかった事務所の依頼を断りきれなかったために取った妥協点だ。そもそも本来なら出たくなかったし、一応これで最後との言質はとったものの、あれ以来SNSで私のことを呟かれることが多くなったそうだ。




過去の反省からエゴサをすることはしないと固く誓っているため、詳しい現状は分からないけど、仕事が多く入るようになったのはきっと喜ぶところなのだろう。


あるいはいっそこのまま増やし続けて仕事を理由に学校を休む、というのも、ひとつの手なのかもしれないと、そう思い始めてる。




(……お互い気まずいでしょうしね)




チラリと、誰にも気付かれないよう私は視線を動かした。モデルは視線も重要な要素であるため、視野を広げる訓練もしていたのがこんなところで活かされるとは、人生とは分からないものだ。


…人生、か。あるいはこうなったのも、運命という巡り合わせによるものなのかもしれない。


そんなセンチな気分になりながら、やがて私は目的の人物達を視界の隅で捉えることに成功する。




(やっぱりいた)




自分で探したはずなのに、彼らを見つけたことを素直に喜ぶことはできなかった。


人垣の隙間の向こうには、こちらを覗き見るような、あるいは様子を伺うようなどこか不安げな顔をした男女の姿。まるで長年寄り添ってきたかのような距離の近さを見て、胸の奥がズキリと痛む。誰にも聞かれないよう、私は口の中で小さく呟いた。




「相変わらず、仲がいいのね」




今は恋人同士であり、かつて私を捨てた幼馴染たち。


浅間雪斗と、葉山琴音。相も変わらず仲瞑まじく、ふたり寄り添っているようだ。


あの時はその姿を見て絶望した。でも今はこうして、ただありのままの事実として受け入れることができている。


時間が癒してくれたのか。あるいは成長できたのか。それは分からない。


別れて欲しいなんて思わないけど、こうして雪斗と琴音が一緒にいる姿を見ると胸が締め付けられる気持ちになるのは、やはり未練があるからだろう。


本来ならきっと、その場所には今も私が―――




「―――ねぇ、どうしたの天華。大丈夫?」




かけられた声にハッとして我に返った。どうやら少し物思いにふけりすぎていたらしい。


ダメだ、これはよくない。すぐに私は顔に笑顔を貼り付ける。




「ううん、なんでもないのよ。ただ、昨日まで撮影もあったし、ちょっと疲れちゃってるのかも」




「え、そうなの!?じゃあ邪魔しちゃったかな…」




「そんなことないわよ。久しぶりに皆に会えて嬉しかったし。ただ、今はちょっとひとりにしてくれるとありがたいかな後でまた話しましょ」




私がそう言うとクラスメイト達は気遣うような視線を向けながら、散り散りになって去っていく。


ほんとは撮影なんていれてないし、疲れてもいない。これもこれまでで学んだ、ちょっとした処世術だ。できて損のないことだし、これかもきっと活用する機会は多いだろう。




「ふぅ…」




人が周りにいなくなったことで、改めて息を吐く。体に疲れは確かにないけど、心の疲労はあるかもしれない。今朝からずっと緊張しっぱなしだし、ましてや見られていると自覚したなら尚更だ。


あるいは仕事のときより視線を意識してしまっている。だけど―――




「…………なんて顔してのよ、琴音」




彼女に私以上に憂いを帯びた顔をされると、こっちとしても困ってしまう。


離れた先で、琴音が辛そうな目でこちらを見つめているのを感じ、私はまたひとつため息を吐いた。

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