第63話 相談と頼みごと
特に何事もなく朝のHRが終わり、洋子先生が職員室へ戻っていくのを見ていると、西野が俺の席へとやってきた。
「やぁ、雪斗くん。ちょっといいかな」
「あぁ、大丈夫だ」
西野に呼ばれて俺は応えた。
この一週間で、俺は西野から名前で呼ばれるまでに関係は変化していたのだ。
この距離の詰め方は、お前は本当に元陰キャなのかと突っ込みたくなったが、これが西野なりの処世術なのかもしれない。少なくとも俺は嫌な気持ちはしなかった。というか、普通に嬉しい。
「ちょっと聞きたいことがあってさ…その、みくりさんと朝一緒に戻ってきたみたいだけど、なにかあったの?」
「えっと、それはみくりに呼ばれただけで、特になにもなかったけど」
「そうなんだ…」
俺の返事を受けて、西野は納得したように頷いていた。どこかほっとしているように見える。
「なにか用事でもあったのか?急ぎの話しだったらスマホで連絡してくれてたら…」
「あっ、いやいや!そんなんじゃないから!ほんとにちょっと気になっただけでさ」
いつも落ち着いている西野には珍しく、妙に慌てているように見える。
その様子に少し引っかかるものがあったが、俺からも西野には話したいことがあったのだ。向こうから来てくれたこの状況は、俺にとっても都合が良かった。
「そうか?ならいいんだけど…それで西野、実は俺のほうからも、実は話したいことがあったんだよ。昼休みに時間取れないか?ちょっと相談したいことがあるんだが」
「うん、それなら構わないけど…あと来栖さんのことなんだけど、なにがあったのか知ってる?随分落ち込んでいるみたいなんだけど」
そう言って西野は天華の席へと視線を向けた。釣られて俺もそちらを見るが、天華はHRで見たときのまま、顔を俯かせて微動だにもせず椅子に座り続けていた。
周囲に集まった取り巻きのメンバーも困惑してる生徒が多いが、なかにはこちらを見てくる女子もいる。
(やっぱ時間がなさそうだな…)
改めてそう思い直した俺は、西野に向き直る。告げなくてはならないことがあるからだ。
「そのことも含めての相談なんだ…多分、みくりや天華も同席しての話しになる」
「…真剣な話しみたいだね」
西野は真面目な顔で頷いてくれた。察しがよくてなによりだ。やはり俺とは出来が違う。
西野に対する僅かな嫉妬が燻りながらも、それ以上に頼もしい友人を持ったことへの喜びが勝っていた。
「ああ。悪いけど、西野の力も借りたいんだ…頼む」
「大丈夫だよ、友達から頼られて悪い気はしないからね。これも青春って感じで、むしろ嬉しいよ」
朗らかに笑う西野には悪いが、生憎とそんな綺麗な話しじゃないんだ。もっとドロドロした、生臭い内容だ。
それを学校生活を堪能している今の西野に伝えるのは正直気が引けるなんてレベルじゃないが、他に頼れる相手がいないのが現状だ。
そんな話をしているとあっさりと時間が過ぎて行き、一時間目の授業を告げるチャイムが鳴り響いた。
「じゃあ昼休みに、またな」
「うん、それじゃ」
それを受けて俺たちも短い別れを交わし、西野は席へと戻っていった。
その背中を見送りながら天華を見ると、みくりがなにやら話しかけている最中のようだ。反応はなさそうだが、あれならきっと朝も余計なことを喋っているようなことはないだろう。
そう思っていると、不意に天華と視線が重なった。
(っつ!!)
その目を見て、俺はぞっとした。
いつもの天華とはかけ離れた、暗い底なし沼のような瞳がそこにあったのだ。
すぐに視線は外れたが、国語の教師が教室に入ってくるまでの間、胸の鼓動が収まることはなかった。
(天華、お前…)
その瞳には見覚えがある。中学の頃と同じ目だ。孤立しそうになったあいつはあんな目をしていた。
だから、あの時も同じことをしたのだ。
大したことじゃない。俺が少し悪意を肩代わりするだけで全て終わり。
それを高校でも繰り返すだけのことで、なにも問題なんてない。
きっとすぐにいつも通りの日常に戻るはずだ。
それでせっかくできた友達を失うかもしれないのは少し寂しいが、きっとすぐ慣れるだろう。
(あ、琴音にも話しとかないとな…)
今日は忙しい一日になりそうだ。
俺はノートを開くと、授業も聞かずこれからの予定を忘れぬよう書き込み始めた。
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