第13話 腹ペコ幼馴染とストーカーと
「んー!おいしー!ゆきくん、これすっごく美味しいよ!」
「ハハ…喜んでくれて良かったよ…」
うん、琴音が喜んでくれて俺もすごく嬉しい。
琴音のおかげで服も揃えられたし、これくらいはお安い御用だ。
ただ…ちょっと量が多くないですかね、琴音さん…
俺たちが座るテーブルには琴音が食べているチョコレートパフェの他に、チーズケーキとタルト、モンブランにクリームソーダといった甘いスイーツがところ狭しと並べられていた。
俺も別に甘いものは嫌いじゃない、むしろ好きなほうだ。
おやつに出されたら喜ぶし、確かに甘いものは別腹ともいうだろう。
問題は既に俺たちは昼飯を食べ終えているということなんだよね…
午前中のうちにひと通りの買い物を終えた俺たちは、モール内のグルメエリアにあるビュッフェへと来ていた。
お金を払えば時間内は食べ放題という、よくあるバイキング形式のお店である。
スマホで調べたところ、種類豊富なスイーツを揃えているのがウリらしい。
女性人気も高いらしく、実際俺たちが着たときは結構な人が並んでいた。
今日はたくさん食べるからと意気込む琴音の言葉に素直に従ってここを選んだのだ。
高校生二人の入る店としては少しお高めではあったが、今日だけでなく日頃のお礼だと思えばこれくらいは安いもの。
そう判断したあの時の俺を激しく褒めたたえてやりたい、マジGJ。
俺がサイコロステーキとピッツァ、琴音はパスタをそれぞれ選び、適当にサラダを盛り付けてドリンクを手にした俺たちは席についた。
そこで談笑しながら楽しく食事を終えたまでは良かった。
共通の話題でもあるアプリゲームの話で盛り上がったし、互いに面白いと思った本を紹介し合い、午後は本屋にも足を向けようと次の予定も決めることができたのだ。
相手が琴音ということもあるが、悪くない流れだったと思う。
俺としては上出来もいいところだ。今日ばかりは自分を褒めてやってもいいかもしれない。
だが俺は失念していた。琴音にとって本当の食事はここからだったのである。
食べ終えた皿を脇に寄せ、一息ついていた俺に、「デザート取ってくるね」と断りをいれて琴音は席を立った。
俺は重めのメニューを選んだこともあり、まだ腹ごなしのデザートを食べる気がしなかったので、新しい飲み物だけを琴音に頼んで席で待つことにする。
この時の俺はまだのほほんと、女の子ってほんと甘いものが好きだよなぁと思える余裕があった。
琴音の背中を見送りつつ、俺はスマホを取り出した。
すっかり忘れてしまっていた、天華からの返事を確認するためだ。
チャットルームを開いて天華から送られていた会話文に目を通すが、彼女が思っていたより怒っていないことにほっとした。
次があることに喜びもしたのだが、やはりもったいないことをしたなと少しだけ後悔する。
まぁ不満なんてカケラもないし、琴音には感謝しているのだが。
「しかし天華がひとりでねぇ…あいつ、目立つだろうに」
同年代ばかりの狭い学校の中でも、天華の可愛さは群を抜いている。
天華にはとにかく華があるのだ。そこにいるだけで自然と目を惹きつける、天性の魅力があった。
街中を歩いていたらナンパだけでなく、スカウトされたなんて話も一度や二度ではない。
天華は芸能界に興味がないようだったが、「あんまりしつこいから名刺だけは受け取ったわ!」なんてトロフィーのように俺にスカウトの名刺を見せてきた時は気が気じゃなかった。
名刺に記載されていたのは俺でも知っている有名プロダクションの名前であり、これが本物なら天華の将来は約束されたようなものである。
美男美女揃いの世界だろうと、彼女が成功しないはずがないのだ。そのことは俺が一番よく知っていた。
テレビの中の住人たちより、隣にいる天華のほうがずっと可愛いと、小さい頃から思っていたのだから。
動揺する俺を見てニンマリと意地の悪い笑顔を浮かべた天華が目の前で名刺をビリビリに破いた時は、心底安心したものだ。
それを見た天華にまた俺を小バカにしてきたので喧嘩になったのだが、天華が離れていくことに比べれば、引っぱたかれた痛みなど安いものだった。
そんなやつがひとりで街中を歩くとか、正直言って心配だ。
なんとなくソワソワしてしまう。
急に落ち着かない気分になった俺は、ある違和感があることに気付いてしまった。
(ん…?誰かに、見られてる?)
なんとなくという程度のものだが、視線を感じるような気がする。
実はその視線については午前中の買い物の時から気になっていたものではあったが、そのときは琴音を見ているのだとばかり思っていて、あまり気にはしていなかったのだ。
今日の琴音は天華には届かずとも、充分すぎるほどの美少女だ。
モールに着いてからも好奇の視線を集めていたし、どこか居心地の悪そうにしていた彼女を庇うように距離を近づけて歩いていたときなど、どこからか強烈な視線まで浴びせられた。
俺みたいな冴えないやつが、琴音の隣にいることへの嫉妬だろうと思っていたのだが、ここまで付けてきたのだとすると、そいつは相当粘着質な性格なのかもしれない。
ハッキリ言ってドン引きだ。もっと有意義に時間を過ごすべきだろう。
嫉妬で貴重な休日にわざわざ他人をストーキングするとか暇人すぎる。
どんだけ人生を無駄にしてんだ、変質者め!
俺はまだ見ぬストーカー予備軍を、内心でボロクソにこき下ろす。
天華ならもっとひどいことをいうのだろうが、俺はあいつほどひねくれてはいない。
とはいえやはり姿が見えない相手につけられているというのは、薄気味悪いものだった。
さてどうするか。まだ時間は早いけど、気になるし琴音が戻ったらここを移動するべきかもしれない。
そんなことを考えていると、琴音がトレイを抱えてようやく席まで戻ってきた。
「お待たせ、ゆきくん」
「あぁ琴音。ちょうどいいタイミングで…へっ?」
ストーカーについて話そうと琴音を見た俺は、思わず目を丸くする。
トレイの中には、ビュッフェ内のありとあらゆるスイーツが鎮座していたのだ。
「美味しそうだったからたくさん取ってきちゃった。ゆきくんも食べる?」
「いや、いくつかは食えるけど…琴音、明らかに取ってきすぎだろ。食べきれるのか?」
俺は言おうとしていた言葉を引っ込め、琴音に注意した。
いくら食べ放題とはいえ、全部食べないのはマナー違反だ。店によっては罰金もあるらしい。
琴音ならそんなこと分かっていると思ったんだが…
「?うん、もちろんだよ。甘いものは別腹だからね!パフェも頼んでるし楽しみだなー」
だが俺の思いとは裏腹に、琴音はなんでもないことのように答えた。
え、ていうかまだ食べるの?
そう言おうとした俺の言葉は、琴音の目を見たとき引っ込んだ。
ケーキを前にして宝石のようにキラキラと輝かせてるし、明らかにマジだ。
早く食べたいと、目が口ほどに物を言っていた。
本来主食になるはずのカルボナーラは、彼女にとって軽い前菜だったのである。
(…そういえば琴音ってこうだったな…)
昔誕生日会でお呼ばれした時も、山盛りの料理が彼女の前に並べられていた気がする。
若干引いてる俺をよそに、琴音はいただきますと礼をしてすごい勢いでスイーツを食べ始めた。
心底嬉しそうに食べる琴音の姿を懐かしいと思いながら、俺はしばしの間彼女の食事風景を眺めるのだった。
「ゆきくん、ご馳走様。あのお店良かったね。また今度行くことにするよ」
「ハハ…気に入ってくれたなら良かったよ」
あの後、ビュッフェ中のスイーツを食べ尽くす勢いで食べまくった琴音は満足したようでご満悦だった。
俺は支払いの時の店員さんの顔が忘れられず若干ブルーである。明らかにあの人引いてたし…
なにより途中でスイーツとともに思考がとろけたのか、琴音がケーキをすくって「あーん」などとやってくるものだから気が気ではなかった。
やめろ、童貞にはそういうの効くんだぞ。勘違いするだろうが。
俺には天華がいるから耐えられたが、そうでなければ琴音に惚れてしまっていたかもしれない。
しかもやられたときはストーカーからの一際強い殺気も感じたし…
すっかり忘れていたが、そういえば変質者につけられている最中だった。
今もまだ俺たちの周囲にいるのだろうか。あたりを軽く見渡すが、それらしい人影はなかった。
さすがに最後までつけてくるとは考え難いが、まだ時間は早いけど帰宅も視野に入れたほうがいいかもしれない。
あと数件の店を巡れば午後の予定も終わるし、どうするべきか思案してると、琴音が話しかけてきた。
「ねぇゆきくん。本屋に行く前に、ちょっと映画館のほう寄ってみない?」
「映画館?」
「うん、最近観てなかったし、面白そうな作品上映してないかちょっと気になってね」
映画か。悪くない、というか普通にいいアイデアだ。
デートの定番スポットではあるけど程よく時間を潰せるし、なにより上手くいけばストーカーを回避できるかもしれない。
「いいんじゃないか。それじゃ行こうぜ」
「うん!」
俺は琴音の提案に乗ることにした。一石二鳥の策でもあるし、断る理由もない。
まぁ財布にダメージはあるけど…今は気持ちよくデートの時間を過ごすことのほうが重要だろう。
元気に頷く琴音ととも、俺たちは映画館のあるフロアへと向かうのだった。
「……なんであんなに楽しそうにしてるのよ、アイツ…」
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