第5話 女心は難しい
「なんでああなっちゃうかなぁ…」
手に持ったラノベを見つめながら、俺は途方に暮れていた。
あの後、せめて気分転換をしようと思い、近くのモール内にある本屋まで足を運んでいたのだ。
なんなく目当てだった今日発売の新作ラノベを見つけて手に取ったものの、どうにも気分が晴れない。その理由は分かってはいるのだが。
ずばり、ついさっき起きた出来事が原因だ。
俺は幼馴染の来栖天華と高校に入ってから初めての大喧嘩を、天下の往来たる駅前広場で演じたのである。
今思い出しても顔から火が出そうになるほど恥ずかしい。あの時は周りが見えていなかったし、もしかしたら同じ高校の学生にも見られていた可能性がある。
ただでさえ天華は目立つのだ。完全にやらかしたとしか言い様がない。
カーストトップの天華と言い争いをしていたぼっち…傍から見ればどちらが悪いかなど、火を見るより明らかだ。
そうでなくても今のご時世、この手の話は男のほうが立場が悪い。泣かせたわけではないとはいえ、痴話喧嘩と勘違いされたらどのみち俺の敗北は確定的だった。
最悪の場合、明日から学校に俺の居場所はないかもしれない。そんな未来を想像してしまい、背筋に冷たいものが走る。思わずぞっとしてしまう。
仮に見られていなくても、機嫌を損ねた天華の一言で俺は完全にアウトだ。
学年の女王の発言は俺のそれとは天地の差がある。
まぁ天華から言いふらすこともないと思うが…それに関しては祈るしかない。
心配事はそれだけではなかった。むしろこっちのほうが本題なのだが、天華との仲直りの方法がまるで思いつかないのである。
言い争いをしても基本的に一晩明けたらなんだかんだいつも通りの仲に戻っていたのが、中学までの俺と天華の関係だったのだ。
喧嘩自体はよくあることだったし、なんだかんだで元鞘に納まる程度の分水嶺をお互いになんとなく分かっていたのだと思う。
だが今回は違った。距離が開いていたからか、どうにも踏み込みすぎてしまったように感じる。
さすがに友人を貶すようなことを言うのはまずかった。あんなことを言ったら誰でも怒る。
これは俺としても謝りたいところであり、なんとか接点を持ちたいのだが…あんな別れ方をしたのでは気まずすぎるというのが本音だ。
それはきっと天華も同じだろう。あいつはただでさえ素直じゃないやつだ。
自分から謝ってくるようなやつじゃないのは分かっている。
天華とは違い、高校生になってからようやくスマホを買ってもらった俺の連絡帳はほぼ空だ。
まだあいつの番号を知らないため、連絡の取りようもない。まさに八方塞がりである。
そうなると自然と誰かに仲介をしてもらうことになるのだが…その相手の心当たりは、俺には一人しかいない。
「琴音に頼むしかないか…久々に話せたのに、こんなこと頼むなんてなんか情けないなぁ」
「私がどうかしたの?」
「うぉっ!」
俺がため息をついていると、横からひょっこり顔を見せる少女がいた。
ついさっき名前を口にしたばかりの幼馴染、琴音だった。
考えていた人物がいきなり現れるという強烈なサプライズに、思わず大声を上げてしまう。
琴音も俺の声で驚いたのか、大きな目を丸くしていた。
「あ、ごめん。驚かせちゃった?」
「お、驚いたのは確かだけど…まぁ大丈夫だ。琴音も本屋きてたのかよ」
なんだか今日は予想外の出来事ばかりで、ずっと驚いている気がする。
寿命が縮まっていなければいいのだが…
「うん、欲しい本あったから。ゆきくんは相変わらずだね」
琴音は俺が手に持ったラノベを見て苦笑する。なんとなく気はずかしくなった俺は、手に持ったそれを後ろに隠した。
琴音は俺の趣味を理解してくれている数少ないひとりだ。彼女自身ジャンルは違えどファンタジーが好きで、高校では文学部に入っていたと記憶している。
「まぁな。やっぱ好きだし。天華には馬鹿にされてたけど」
「あはは。天華ちゃんはあまりこの手の本読むタイプじゃないから…」
琴音が笑いながら天華のことをさり気なくフォローした。
相手がいないところでも他人の悪口を言うことはないのは相変わらずだ。
同い年の幼馴染だというのに俺よりよほど人間ができていると、なんだか劣等感のようなものを抱いてしまう。
天華は俺がこの手の本を読むことをよくは思っておらず、頻りにオシャレに興味を持つようファッション雑誌を薦めてきたものなのだが…興味がないものはないのだ。そのことでも当時喧嘩になっていたことを思い出した。
まだ昔を懐かしむような歳でもないはずなのだが。
「まぁそうだわな。あ、それで悪いんだけど、琴音に天華繋がりでちょっと頼みがあるんだよな…」
「……天華ちゃんとなにかあったの?」
琴音が訝しがりながら当然の疑問を口にした。だがその質問は的を射ている。
説明の必要がなさそうでなによりだ。
「うん、実は天華と喧嘩しちゃってさ。できたら前みたいに橋渡しをお願いしたいんだけど…」
「高校生になってもまだやってるんだ…」
疲れた顔で琴音が深いため息をついた。彼女には珍しく、明らかに呆れている顔をしている。
それを見て俺も居心地が悪くなり、思わず縮こまってしまった。
中学の後半に琴音と少し距離ができてしまったのは、こういう頼み事をするのが多かったからだと思っている。
そりゃ毎回好き好んで何も得せず、ただ心労が貯まるようなことをしたい人間はいないだろう。それがどんな善人だとしてもだ。
今思えば本当に悪いことをしていたと思ってはいるが、また同じ過ちを繰り返すあたり、俺には学習機能がないのかもしれない。
申し訳なさで一杯になり、つい顔を伏せてしまう。
俺を見つめる視線を感じてから数拍おいて再度ため息が聞こえた後、琴音がもう一度口を開いた。
「しょうがないなぁ…今回だけだよ?もう高校生になったんだから、自分たちの問題はちゃんと話し合って解決しないとダメなんだから」
「面目ない…」
俺はうなだれて琴音に頭を下げる。母親に怒られたような気分だ。
「ほんと変わらないんだから…でも、なんか安心したな。最近会わなかったから、少し心配だったんだ。ゆきくんも天華ちゃんも相変わらずなんだね」
なにが可笑しいのか、クスクスと琴音が笑い出す。
俺も曖昧な笑みを返すが、成長してないと言われているようで複雑な気分だった。
まぁ実際その通りなんだが。
気まずく思った俺はなんとか話題を変えようと、とりあえず口を開いた。
「そうでもないはずなんだがな…それをいったら琴音だって随分…」
変わったなと言おうと思ったのだが…どうしよう、俺の目にはあまり変わっているようには見えない。
肩まで伸ばした綺麗な黒髪、パッチリとしたタレ目がちな二重まぶた、スッと通った鼻筋と厚めの唇。そして柔らかい表情が似合う整った顔。
うん、中学の頃の琴音そのままだ。天華みたいに化粧に気を使っている感じもしない。同年代の女子と比べても、少し幼い感じがする。
「えーと…」
「随分、なにかな?」
それでもなんとか褒めて取り繕ろうとしたのだが、いい言葉が思い浮かばず口ごもってしまった俺を見て、琴音が笑顔を浮かべて質問してきた。
なおその目は笑っていない。よく見ると額にピキピキと青筋まで浮かべている。
…どうやら彼女の禁止ワードに引っかかってしまったようだ。
俺はその後ひたすら謝り倒して今度食事を奢ることを約束することでなんとか機嫌を直してもらい、天華との仲裁を頼むことに成功したのだった…まったくもって、女心は難しい。
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