ツンデレ幼馴染の嘘は戻らない~素直になれない負けヒロインのままバッドエンドで絶望します~
くろねこどらごん
プロローグ
第1話 天邪鬼
その日の目覚めは強烈だった。
「さっさと起きなさいよ、雪斗!」
「ぐぇっ!」
聴き慣れなれた尊大な命令口調の声を脳が認識すると同時に、俺の頭に衝撃が走ったのだ。
遅れて強烈な痛みが後頭部に走り、思わず悲鳴をあげてしまう。
潰れたヒキガエルのような声を吐き出して、俺は強制的に意識を覚醒させられることになる。
休日の午前を安らかに過ごすつもりだった俺――
「な、なにすんだよ天華…くっそいてぇ…」
俺の安眠を妨げるという悪魔の如き所業をなした人物を、思わず恨めしげに睨みつける。
「自業自得でしょ」
だけど俺を文字通り叩き起こした少女、
自分が悪いことをしたなど微塵も思っていないのだろう。腕組みまでしてさっさと起きろと催促までしてくる。
反骨精神がムクムクと湧き上がってきた俺は、無言で布団へとくるまり、抵抗の意思を示すことにした。チラリと時計を見ると、まだ9時を過ぎたばかりである。俺はまだまだベッドから離れたくなどない。
イモムシ状態になった姿を見てため息をつく天華の様子を、俺は布団のなかからこっそりと盗み見た。
悔しいことに、俺の幼馴染は今日も美少女そのものだ。
カーテンの隙間から零れる朝の日差しを浴びて、その美貌はますます輝きをましているように思える。
燃えるような長い赤い髪と、釣り目がちだが凛とした意志の強さを感じさせる勝気そうな目つき。さらにいうなら人形のように整った顔立ちから、こいつが俺たちが通う高校でも人気が高い、いわゆる学園のアイドルの一角であることも納得せざるをえない容姿だった。
きっと百人に聞いたら百人が天華のことを可愛らしい文句なしの美少女として評価することだろう。それは俺も認めるところだ。
だが、今のこいつは俺の安眠を妨げた敵である。顔の優劣なんて関係ない。
窓の外はあんなにも綺麗な青空なのに、俺の心は全くの正反対。アンニュイでブルーな気分そのものである。
最悪な目覚めを体験し、未だベッドに突っ伏しながら頭をさする俺を尻目に、枕に置いていたスマホを天華がヒョイとつまみ上げた。
「あんたまたゲームやってて寝落ちしたの?いい加減に学習しなさいよ」
「あっ、おま!返せよ」
俺はスマホを取り返さんと手を伸ばすが、天華はそうはさせじとばかりに頭上へとスマホを掲げた。
こいつはそれほど背が高いわけではないが、当然ながら今の俺には手が届かない。伸ばした腕は虚しく空を切った。
「返してほしいならさっさと起きなさい。今日は買い物に付き合ってもらうんだから」
「…そんなもん、俺が付き合う必要ないだろうが」
天華が悠然とした笑みを浮かべて指図してくるが、反対に俺はますます不機嫌になってしまう。
そうだ、俺がこいつに付き合う必要なんて全くない。なぜなら――
「大いにあるわよ。あんたの好みが彼に近いかもしれないじゃない。一応男だし、リサーチ対象としてうってつけよね!」
そう言って胸を張る天華。その姿を見て、俺は胸が苦しくなる。このまま崩れ落ちて張り裂けそうになってしまう。
今日の予定を楽しそうに話す天華を見ていられなくなり、俺は思わず目をそらした。
―――こいつには、好きな相手がいるのだから
俺が天華のことを意識するようになったのは、いつからのことだろうか。
多分中学に上がった頃には、既に女の子として見るようになっていたと思う。
小さい頃からずっと一緒で、仲は悪くなかったけれどよく喧嘩もしていたことを思い出す。
お互い素直になれない性格だったために、俺と天華は昔から意見がぶつかり合うことが多かった。
あいつが右といえば俺は左。あいつがあれが欲しいといえば、俺がこれが欲しいというように、どうにも違うことを選ぶようになっていたのだ。
子供の小さな意地の張り合いがそのまま肥大していき、俺たちは互いが合わせ鏡のような天邪鬼として育ってしまった。
そのたびにもう一人の幼馴染に仲裁してもらっていたのだけど、その幼馴染とも最近は距離ができていたため、どうにも上手くいかないことばかり。
後悔はあるが、自分ではどうしようもなかったのだ。
それは高校に上がっても変わることなく、どうにも微妙な距離感が俺たちの間にはできていた。
あいつのことだからてっきり俺とは違う高校を選ぶと思っていたのだが、同じ高校に入学を決めてくれた時は思わず神様に感謝したものだ。
まぁ俺の場合、単純に家から近いという理由で進学先を決めたのだが。案外あいつもそんな理由だったのかもしれない。
未だに天華が俺から離れていかなかった理由は分からないが、俺はこのチャンスを逃したくなかった。
幸い同じクラスに配属されたことだし、なんとか距離を縮めることができれば…そう思っていたのだが、現実はそう甘いものではなく。
実際はますます距離が空くことになってしまった。
その理由はただひとつ。高校生になった天華が、ますます綺麗になっていったからだ。
中学の頃から地域でも屈指の美少女として有名ではあったが、彼女は高校生となってからさらに垢抜けていき、その美しさに磨きがかかっていった。
こうなるともう本人の意思に関わらず、周りが天華をほうっておくはずがない。
あいつの周囲には自然と人が集まり、もはや俺が入る隙などなくなっていったのだ。
俺は顔がいいわけでもなければ話が上手いわけでもない。
運動や勉強だって人並みだ。むしろ悪いまである。
俺が人より優っているところがあるとすれば、天華との付き合いが長いことくらいだが、それだってこの状況では何の役にも立たないものだった。
そもそも話かけることすらできないのだ。華麗な高校デビューを決めた天華に対し、俺は完全に気後れしてしまったのである。
その結果、入学して一ヶ月で俺と天華には圧倒的な差がつくことになった。
かたやスクールカーストの頂点。かたやカースト底辺のぼっちという、学校という狭い世界の中ではまさに天と地ほどの隔絶した差が。
これはまずいと焦ったが時既に遅し。俺がもたついている間にクラスメイトは既に交友関係を確立し、独自のネットワークを築いていたのである。
大事なスタートダッシュで完全に出遅れてしまったわけだ。こうなるともうどうしようもなく、俺はずるずると日々を過ごすことになっていった。
部活にも入ることなく家と学校を往復するだけの灰色の日々。対して天華はクラスメイトから毎日のように誘いを受け、放課後は街へと遊びに繰り出していた。
なんでだ、どうしてここまで差が付いた。
そんな後悔だけは一人前にするくせに、踏み出せずにいた俺を変えたのは、ひとつのアプリゲームだった。
暇を持て余していた俺は、その日の昼休みも教室でスマホのアプリゲームに興じていた。
特にマイナーなわけでもなく、CMでもよく放送されているため、教室にいるほとんどのやつが知っているであろうRPGゲームである。
コラボキャラも豊富で育成要素もあるが、ウリとなっているのは月に2回ある大規模なレイドバトルだ。
単純な操作でそれなりに楽しめるスマホゲームが多い中で、ある程度の操作性を必要とするこのレイドバトルに俺はすっかりハマってしまった。無駄に時間だけはあったので、練習を兼ねて参戦することはタップリとできる。
今では課金までしてしまい、強力なキャラを入手することもできた俺はたまにランキング上位に顔を出すくらいにまで成長していた。
とはいえ、ゲームはゲーム。プロを目指しているわけでもないし、いくら順位を上げたところで威張れることでもない。そもそも俺はぼっちだ。自慢できる相手すらいない。荒んだ心を慰めるための暇つぶしである。
今日もそのつもりであったのだが、その日はいつもと違っていた。
ゲームを起動した俺の机に、ひとつの影が差し込んできたのだ。
―――ゆきくんもそのゲームやってるんだ
そう言って話しかけてきたのは、最近疎遠になっていた俺のもうひとりの幼馴染。
本来なら隣のクラスにいるはずの
その時の琴音の顔が、どこか嬉しそうなものだったことを覚えている。
俺も釣られて笑顔を向けるのだが、その時俺たちに向かって怒りのこもった鋭い視線を送る人物がいたことに、俺は気付くことができなかった。
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