第48話 驚愕の告白

 ――二日後、虎さんが退院するということで、俺たちはまた揃って病院へと来ていた。


 ちなみに姉さんも同行している。何故ならまだ俺の家に寝泊りしているからだ。

 こっそりと兄さん……姉さんの旦那さんに電話で話を聞いたところ、何でも家族旅行を計画していたのにもかかわらず、旦那さんの方に急な仕事が入ったとかでダメになった。


 それで姉さんは「嘘つき!」と言い、旦那さんは「しょうがないだろ!」と言い合いになり、姉さんは我慢できずに家出をしてきたらしい。


 ハッキリ言おう。しょうもねぇぇぇ……。


 実は前にも一度旦那さんの急用で旅行がダメになったことがあるそうで、仕事だから仕方ないとはいっても、姉さんにとってはせめて何かしらのフォロー、つまり埋め合わせを期待していたがなかった。


 そして今回も同様に、ただ旦那さんが仕方ないと言うだけで、そのあとのフォローもなかったことが姉さんの逆鱗に触れたらしい。


 俺に言わせればどっちもどっちな感じはするが、姉さんはいまだに熱を上げているようなので、しばらくは冷却期間が必要ということで、旦那さんにも許可をもらい、一緒に住むことになった。


 俺たちは一緒に虎さんの病室へと向かうが、途中催したので先にしおんたちには向かってもらう。


 トイレから出ると、すぐさましおんの後を追うが、ふと以前来た時に出会った少女――花雪のことを思い出す。


 そういやまた顔を出すって約束したしなぁ。少しだけ行っとくか。


 先に花雪の病室へと向かい、ノックをすると中から入室の許可が出たので入る。


「わぁ、日六様!」

「よっ、約束通り、また来たぞ。つっても先輩が退院するから迎えのついでになっちまったけど」

「いいえ! それでも来て頂けただけで花雪は嬉しいです!」

「あれから倒れたりしてねえか?」

「はい! すこぶる元気ですよー」


 確かに無理している様子は見当たらない。白過ぎる肌は、元々らしいので顔色で判断するのは難しいが。


「そういえ花雪ってどこが悪いんだ? 前に発作がどうとか言ってたけど」

「花雪の一族は、環境の変化に弱くて。特に暑い時期が来ると、体調が悪くなりやすいんです」

「へぇ……あのよ、聞いたらダメだったらいいんだけどさ。花雪って……『異種』、だよな?」

「はい、そうですよ!」

「ちなみに……何の?」

「雪女です!」


 あーやっぱそうだったか。そうじゃねえかなぁとは思ってたけど。 

 それにしても雪女……か。


 昔話でしか知識はないが、基本的に雪女には悪い印象しかない。


 死を示す白装束を着て、雪山の小屋で一人暮らしの男の家を訪ねて、家主を氷漬けにするとか、男の精を吸い尽くして殺すとか、怖い話しか知らないのだ。


 でもこうして実際に会ってみると、ちょっと強引で変わった子ではあるが、可愛らしくどこか儚げながらも守ってやりたいと思わせる性質を持っている。

 とても恐怖や不安の象徴とは思えない妖怪だ。


「雪女かぁ。だから暑い時期が苦手ってことか?」

「そうなのです。本来なら寒い地域に過ごすのが普通なのですが……」

「何でこんな人里に?」

「人間社会を学ぶためと、母から教えられています」

「人間社会……?」

「元々雪の一族は閉鎖的で、他種族とは関わりません。今までは……」

「今まで? じゃあその考えが変わったんだ?」

「はい。一族もどんどん数が減っていき、このままでは絶滅の危機に陥ってしまいます。ですから一族も人里に降り、人間と共存し子を成すために社会を学ぶ義務が課せられたのです」


 どうやら雪女ってのは絶滅危惧種になっているらしい。今では一族の血を引いているのは、百にも満たないという。


「けど、だったらもっと涼しい地域に住めばいいんじゃねえか? 北海道とか」

「それもそうなんですが、一族の意向で雪女の夫となる者は霊力の強い者という定めがあるのです」

「……はぁ」


 それがどうして北海道じゃダメに繋がるんだ?


「人が多ければ多いほど、霊力の強い殿方を見つけやすいと一族は判断したのです。ですから都会の中の都会であるこの街へ」

「男を探しに出てきた、と」

「そ、そうハッキリ言われると物凄く恥ずかしいのですが……」


 やはり照れる姿がどことなく色っぽい。これも雪女の持つ魅力なのだろうか?


「『異種』もそれぞれ事情があって大変なんだなぁ」


 吸血鬼だってそうだし、雪女も種族維持のために奔走しているようだ。

 苦手な地域で身体を壊しながらも頑張らなければならないなんて。

 俺は人間で良かったって思う。そんなしがらみや掟なんて無いから。


「でももう安心です!」

「へ?」

「つい最近、花雪はお婿さんを見つけましたから!」

「へぇ、何だよ花雪。好きな奴ができたのか? どんな奴だ?」


 すると花雪はビシッと指を差した――俺を。


「……ふぇい?」


 思わず変な声が出てしまった。後ろを振り返っても当然誰もいない。


「……えと、まさか……俺なの?」

「はい! 日六様です!」

「ちょ、ちょっと待て! 何だよそれ、俺とお前は前に一度会っただけだぞ!」

「一目惚れなのです!」

「一目……惚れって……!」


 そういえば前に会った時、抱きしめられた記憶があるが、あれはそういうことだったのか……?


「あ、あのな花雪、別に一目惚れが悪いってわけじゃねえけど、もっと男選びは慎重にした方が良いぞ?」

「?」

「いいか? 世の中には運命の出会いだって思ってすぐに結婚しても、結局相手のことが分かっていなくて離婚なんてことめっちゃ多いんだよ。だからもっと相手のことを知った上で選ばんと、結果的に不幸なことになっちまう」

「……花雪は、こう見えても一族の皆からも見る目はあると言われていますよ?」

「だとしても、な。会ったばかりの男をその……夫にしようとか早いと思うんだよ、決断がさ。こういうことは時間をかけて互いに納得できるようにしなきゃ」


 互いによく知り好き合っていても、ケンカして家出するような夫婦だっているんだ。


 なのに一目惚れだからと即決して一緒になっても、上手くいく保証なんてどこにもない。むしろ低いような気がする。


 だって一目惚れって、つまり外見を好きになったってことだろ? 確かに見た目も大事かもしれんが、やっぱり最後は中身だと思う。


 どうせ歳をくっちまえば、次第に外見なんて誰だって崩れていくんだ。それでも一緒にいたいって思わせるような相性がなきゃ、長続きなんてしないはず。

 実際異世界にいた時も、こういうトラブルに巻き込まれたこともあった。


 あっちはどちらかといえば政略結婚が多かったせいもあるが、愛を深める時間もなく結婚するもんだから、次第に仲が冷めていき、幸せとは言えない家庭を築くことになる。


 そんな関係、子供ができてもどうだろうか。子供にとっても、両親が仲が良い方が良いと思うし、離婚なんてしてほしくないだろう。

 だから将来のことを考えると、やっぱり心の底からコイツとなら永遠に愛を育んでいけると確信できる相手を探さないといけないと思う。


 少なくとも俺は、時間がかかってもそうして相手を見つけていきたい。


「大丈夫ですよ!」

「へ?」

「花雪と日六様なら、きっといつまでも幸せな家族でいられます。花雪、子供だってたくさん生みます! その……日六様が望めば、どんなエッチなことだって応じる所存で――」

「ちょちょちょ、待った待った! いきなりいろいろ暴走し過ぎだ!」


 危うくコイツとの夜の営みを想像しそうになっちまった。


 でもどんなエッチなことでもかぁ……ああイカン! だから想像するな俺ぇ!


「そもそもの話だ花雪、もし結婚することになったら俺はこの街を離れることになるんだろ?」

「はい。一族が住む村で、ともに過ごすことも掟の一つなので」

「……悪いけど、俺はこの街から離れるつもりはねえんだよ」

「えっ……どうしてですか?」

「俺はこの街が好きなんだ。友達がいて、家族がいて、住み慣れた街がある」


 二年間、毎日毎日願い続け、ようやく帰って来られた場所なんだ。


「だから俺は、この街で一生を終えたい」

「そ、そんな……!」


 俺の答えが予想外だったのか、明らかに絶望し切っているような顔だ。

 よくもまあ、初めて会った男にそこまで入れ込むことができるものだと思う。


 ただ俺だって自分の人生があるし、それを捻じ曲げてまで他人と一緒に暮らすことはできない。


「何だか期待させちまったみてえで悪かったな。……俺はもう行くから」


 これ以上ここにいるのは、きっと互いに上手くいかないだろう。

 俺は顔を俯かせたままの彼女に「ごめんな」と最後に言うと、部屋から出て行った。




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