第42話 やはり家族の絆は強い
現在、僕は首からプラカードを下げながら、床で正座をさせられています。
そのプラカードには『僕は最愛のお姉さんの奴隷です』と意味の分からない言葉が刻まれている。
そしてそんな俺が面白いのか、姉さんの三歳の娘――七呼が、俺の頬を突いたり、膝の上に座ってきたりする。頼むから膝だけは刺激しないで、痺れてるから。
姉さんは今じゃ結婚して藍咲五那となっている。
「ふーん、変な黒スーツの女と間違えて、私に怒鳴ったと?」
「……ハイ、ソウナンデス」
「ふーん、まあ別にそれはいいのよ」
いいのかよ。だったら正座止めていいよね?
俺が足を崩そうとしたその時、鋭い視線が俺を射抜いてきたので、「あ、まだダメなんですね」と正座をし直した。
「ところで日六ぅ、あんた私に隠し事してるでしょ?」
「……ナンノコトカ、サッパリワカリマセン」
「へぇ、私にそんな誤魔化しが通じるとでも思ってんの? あぁ?」
ヤクザかよ。てか相変わらずだな、姉さんは。
昔から俺は彼女には頭が上がらない。元々お姉ちゃんっ子だった俺は、いつも姉さんの後ろにいて、姉さんも面倒だと口にしながらも可愛がってくれていた。
ただそれ以上に、男勝りな姉さんだったため、いろいろ力づくで支配されてきたような気もするが。
母と姉の命令は絶対という同本家ルールがあったせいか、俺と親父は女たちには逆らわずに過ごしてきたのである。
それでも俺が悩んだ時や失敗した時は、いつも近くにいてアドバイスしてくれたり慰めたりしてくれた。
両親が死んで、この家で一人暮らしすることになった時も、姉さんは「一緒に暮らしなさい」といつものように命令してきたが、俺は「断る」と初めて強く否定したものだ。
せっかく新婚で、子供も生まれたというのに、その中に俺が入るなんてできなかった。
姉さんには姉さんの人生を自由に送ってもらいたかったから。そこに俺がいたんじゃ、迷惑になってしまう。
だから俺は姉さんの命令を跳ねのけ、一人暮らしをすることになった。まあ当然歯向かった俺に、姉さんは怒りをぶちまけたが、旦那さんがそれを制してくれたお蔭で、何とか条件付きではあるが今の生活ができている。
「……ねえ日六、私が一人暮らしを許可したのは、あんたがどーしてもしたいって言ったから、条件付きで許可したのよね?」
「……まあ、そうだけど」
「その条件は何だったか言ってみな」
「えと……隠し事をしないこと」
「そうだ。……で? 何か私に隠してんよなぁ?」
ヤンキー座りをしながら、俺の顔を覗き込んでくる。
いやもう、マジでこの人子供がいる奥さんなの!? 不良かヤクザとしか思えないんだけども!?
「きゃはは、にーたん、おこられてうー!」
背中に抱き着きながら七呼は楽しそうに笑っている。
「か、隠し事なんか……」
めっさしてるわ!? よく考えなくても話してねえことたっくさんあったわ!?
「その顔……やっぱあるんじゃんか」
「え、えっとですね……それは何と言いますか……別に隠し事をしてたわけではなくてですね」
「男が言い訳しないっ!」
「はいっ、すみませんでしたぁ!」
こうなったら同本の男はひたすらに謝るしかない。てか男が悪くなくても折れるのが約束みたいなものだ。これは親父に教わった。
「はぁ……んで? 話す気はあんの?」
「……つーか、この歳になると隠し事くらい普通にあると思うんだけど……ほら、思春期だし?」
「あんたの性癖とか興味ないから」
別に性癖の話をしたわけじゃ……。
「あんた、何で『異種事案対策理事会』と関わってんの?」
「!? ……何でそれを……?」
「いやだって、ここに来る時にこの家から出てくるの見たし」
あちゃあ……そうだったかぁ。
「『理事会』が来たってことは、あんた何かやらかしてんでしょ? 一体何したの?」
どうする? さすがに誤魔化すのは無理そうだ。
ていうかこの姉相手に、肉体的にも精神的にも屈服させ続けられてきた俺が口論で勝てるわけがない。
今だったら物理的に勝てるとしても、家族相手にそれをやっちゃお終いだ。
それによくよく考えれば、他人が俺のことを知っているのに、唯一の肉親である姉が知らないっていうのは確かにおかしいかも。
「…………姉さん」
「何よ?」
「ちょっと長い話になるけど、これから話すことは全部真実だから」
「…………聞かせなさい」
俺はしおんたちに話した内容を、姉さんにも伝えた。
姉さんは、時折目を細めて凄みを見せてくるが、それでも黙って俺の話を聞いてくれた。
「――――――というわけで、一昨日の事件に繋がってんだよ」
話し終わると、しばらく沈黙が流れた。
姉さんは椅子に座りながら、腕と足を組んで目を閉じている。
七呼は俺の話に飽きたのか、持ってきたぬいぐるみで遊んでいた。
「…………なるほどね。だからその変わり様……か」
「へ?」
「はぁ。私はあんたの姉よ? 久しぶりに会うって言っても、たかが一週間ほど。それなのにあんたのその身体つき、普通におかしいでしょうが」
「あー……」
言われてみれば確かに。身長だって伸びてるし、筋肉量だって桁違いだ。
「この一週間で、異常なことがあんたに起きたってのは一目見て分かった。けど……まさか一度死んで、異世界で英雄になって戻ってくるなんてなぁ」
すると姉が立ち上がり、俺の傍までやってきて――ゴツンッ!
「――たっ!? い、いきなり何で拳骨!?」
別に痛くはないが、何で突然殴られたのか分からなかった。
「いいから聞きな!」
「はいっ!」
「何であんたはいつもいつも無茶ばかりすんの!」
「え……?」
「死んだって……簡単に言うんじゃないわよ、このバカロクっ!」
「姉……さん……!」
そこで初めて姉さんが涙を流していることに気づいた。
「あんたが……死んで……いなくなった……ら…………わたしはどう……母さんたちに……詫びりゃいいの……よぉ……っ」
ペタリと床に座り込み、顔を俯かせて嗚咽し始める姉さん。
ああ、そうだよな。俺は転生することができたけど、それはイレギュラーなことだ。普通の人間が生き返れるわけがないのだ。
もしあのまま死んでいたら、もう二度と姉さんには会えなかったわけで……。
姉さんにとっても、大事な肉親を失うところだったのだ。
「……ごめん、姉さん」
「ごめんじゃ……ないわよっ……バカ……!」
「うん、ごめん……本当にごめん」
「ぐすっ……日六ぅ……」
顔を上げた姉さんを、俺はそっと抱きしめようと腕を伸ばす。
そして――。
「姉さん――――ぶげぇっ!?」
――思いっきりビンタされました。
え? 何で?
「ちょ、そこは互いに抱きしめ合って姉弟の絆を確かめるとこじゃねえのかよ!」
「フンッ、嫌よ! この歳になって誰がバカな弟と抱きしめ合うのよ! バッカじゃないの! このバカ、アホ、バカロク!」
おふ……一体俺はどれだけのバカだというのか…………バカを連発し過ぎじゃないですかね。
あと七呼ちゃん、きゃっきゃって笑って何がそんなに面白いのかな? 俺が殴られるのが楽しいの? ああダメだ、この子にも着実に同本の女の血が流れとる。
俺がやれやれと思いながら体勢を整えると、フワッと柔らかな感触と温もりに包まれた。
「姉……さん?」
気づけば姉さんに頭を抱きしめられていたのだ。
「……戻ってきてくれて…………ありがとね。……おかえり」
「…………ただいま、姉さん」
やっぱ姉さんは俺の姉さんだ。どんだけ厳しくても、理不尽なことをしても、やっぱり……俺は姉さんのこの温もりが好きなのである。
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