第31話 露見した瞬間
わたしは滝宮さんが運転してくれている車の後部座席に座りながら夜の街を眺めていた。
たくさんの人が行き交い、眩い光のもとに集まっている。
中には友達同士で買い食いを楽しんでいる学生もいた。今日は祝日なので、恐らく部活帰りか何かなのだろう。
手にはクレープを持ち談笑しながら歩いている。
そういえば最近みんなで食べ歩きしてないなぁ。
前までは部活帰りに、四人でクレープ屋やファストフード店に行くなど食べ歩きをしていた。
しかし最近、互いに用事ができたりしてなかなかそういう時間が取れなくなっている。
それに今年、虎先輩は受験だ。文化系のクラブ……というか同好会なので、明確な引退時期というのはないが、彼も時が進む度に忙しくなって益々四人で活動することができなくなってくるだろう。
わたしだって虎先輩には、希望大学に合格してほしいから是非とも頑張ってもらいたいので、仕方ないことと割り切っている。
ただたまにはあの子たちみたいに、また四人でどこかに出掛けたりしたい。
「……でもろっくんとソラちゃんは、最近結構一緒にいるみたいなんだよね」
二人の態度から、どうもソラちゃんがろっくんを引っ張り回しているみたい。
……何か面白くないなぁ。
別にろっくんはわたしだけの彼じゃない。でも、でも……。
ろっくんはわたしという存在を認めてくれた男の子。ヴァンパイアっていう、『異種』の中でも特に人間に忌避されるにもかかわらず、彼は大切な友人だと言ってくれたのだ。
きっとろっくんは分かっていない。
わたしがその言葉でどれだけ救われたことか。どれだけ幸せな気分になったのか。
中学の時、友人だった人にわたしの正体を知られ、それを周りにバラされてしまった。
そして皆がわたしに遠慮したり気を遣ったり、中には明らかに畏怖したりと、とても過ごしにくい日々を過ごしたのだ。
あんな事件があったから、わたしはもう人間にはできるだけ自分の正体はバラしたくないと思っていた。
でもろっくんに知られ、これでまたわたしは拒絶されて一人ぼっちになってしまうと絶望した。
けれど彼は微塵もわたしを否定しない。それどころか彼もまた、普通の人間じゃない経験を送ってきたような人だった。
まさか一度死に、異世界で英雄になって戻ってくるなんて誰が考えつくだろうか。
そして返ってきた彼は、わたしを危険から救ってくれ、なおかつヴァンパイアである後ろめたさからも解放してくれた。
まるで物語の主人公のようだ。
だからこそわたしは多分……ろっくんのことを……。
「もう! それなのにっ! ろっくんのバカ!」
もっと構ってほしいのに!
わたしは抱きしめていたクッションを、バシバシと叩いてしまう。
「ハッハッハ、同本様はずいぶんしおんお嬢様に慕われておりますなぁ」
「~~~~っ!?」
しまった。ここには滝宮さんがいるのを忘れていた。もう、恥ずかしい。
「しかしわたくしは嬉しゅうございます。あの方がいたお蔭で、こうしてしおんお嬢様が心から笑顔でいてくれるのですから」
「それは……はい」
「それに年相応に恋煩いまで。いやはや、長生きはするもんですなぁ」
「滝宮さん!」
滝宮さんにからかわれ顔が真っ赤になった。
熱を冷まそうと、窓を開けて風を浴びる。
心地好い夜風に身を晒していると、不意に喉が渇いたので、滝宮さんに言って自動販売機がある場所で停まってもらうことにした。
もうすぐ家に着くから我慢すれば良かったが、そこの自動販売機に売っているトマトジュースが物凄く美味しいので、つい飲みたくなったのである。
そうして自動販売機に到着し、滝宮さんが外へ出てトマトジュースを買いに行ってくれた。
するとそこへ、どこからか猫の鳴き声が聞こえてきたのである。
「猫ちゃん? ……どこだろう?」
何だかその声を聞いていると、助けてと言っているように聞こえてくる。
少しくらい、良いよね。
わたしは外に出て、猫の鳴き声がする方へ歩いて行くと、一本の街路樹へと辿り着き……。
「ふにゃぁ……」
「あ、そんなとこにいたんだね」
見上げれば、枝の上に寝そべる子猫を発見した。
「もしかして降りられなくなっちゃったの?」
子猫にはよくあることだ。高いところに登れはするが、降りる恐怖に負けて身が竦んでしまう。
木は結構な高さにあり、手を伸ばしたりジャンプしても届きそうもない。
降りてきて大丈夫だよと言っても、見ず知らずのわたしを信頼することはさすがに難しいか。
「……周りには誰もいない……よね?」
見回して、人間がいないかどうか確認する。
「よし。――〝ヴァンデ〟」
ヴァンパイアの力を解放させる呪文を口にする。
するとそれまで抑えられていた力が込み上げてきて、瞳の色も変わり吸血歯も伸びできた。
背中には黒い翼が生え、それをはためかせて空へと上昇していく。
子猫を怯えさせないように、ゆっくりフワフワと浮上していき、
「さあ、もう怖くないよ」
安心させるように微笑みながら両手を伸ばす。
子猫もまずわたしが伸ばした指先をクンクンと嗅ぎ、そしてしばらくするとニオイをつけるように顔を擦りつけてきた。
わたしはそのタイミングで子猫の身体を抱き上げる。
自分を助けてくれたことが分かったのか、子猫がわたしの頬をペロリと舐めてきた。
「あはは、くすぐったいよぉ。今下ろしてあげるからね」
またもゆっくりと降下し、音もなく着地すると、子猫がピョンと腕の中から飛び降りた。
今度は気をつけてねと言おうとしたその直後――。
「――――しおん、なの?」
背後から聞こえてきた声に、ビクッとなって思わず振り向いてしまった。
そしてそこに立っていた人物を見てギョッとする。
「ソ、ソラ……ちゃん?」
親友の秋津ソラネちゃんだった。手には買い物袋のようなものを持って、信じられないものを見るような目でわたしを見ていたのだ。
「今の……まさか……ううん、そんな……」
目に見えて同様し始めるソラちゃん。
わたしも考えたくはないが、どうしてもその最悪な予想が浮かび上がってくる。
「しおん……アンタ……その翼……それに空を飛んで……」
「こ、これは違うのっ!」
スッとヴァンパイア化を封印したが、すでに遅かった。
「この特徴のある波長……何で? 本当にしおんが――――吸血鬼なの?」
言ってほしくなかった言葉が、わたしの鼓膜を痛いくらいに震わせた。
わたしは居ても立ってもいられず、その場を走り出してしまう。
「ちょっ、しおんっ!?」
ソラちゃんの言葉を振り切り、急いで車へと戻った。
「あ、しおんお嬢様、一体どちらに――」
「いいから出して! お願い、滝宮さん!」
「え……か、畏まりました!」
彼には悪いが、一刻も早くここから立ち去りたかった。
心配そうに声をかけてくる滝宮さんだったが、わたしは頭を抱えたまま蹲り沈黙を保つ。
そして家に到着した瞬間に、急いでお姉ちゃんがいる部屋へと走ったのである。
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