過去:17

 睦月はどんどん壊れていった。



 はじめて人を殺した晩、ずっと。でも次第に感覚が麻痺していったようだった。

 狂ったように叫んでいた声が聞こえなくなった。

 涙を流していたのに、そんな涙を流さなくなった。

 いつの日からか笑い声が聞こえてくるようになった。




「あ、はは」



 何処か歪な笑みを浮かべて、睦月は笑うようになった。



 地球にいた頃、向井光一の事だけを考えていた時だけ見せていた歪な笑みを普段から見せるようになった。

 そう、どんどん狂って、どんどん壊れた。

 『神無月睦月』という少女は、一度ぶっ壊れた。




 そもそも今までの睦月が、どうにか正気を保っていたのも奇跡的だったのだと思う。睦月は普通に見えて、壊れかけた少女だった。いつだって、向井光一の言動一つでその心を崩す可能性があった。




 向井光一が傍にいたから。

 向井光一が笑いかけてくれたから。

 向井光一が声をかけてくれたから。



 ただそれだけが、睦月を救っていた。奴にとって何気ない言葉や行動でも、睦月にとっては何にも変えられないものだった。




 向井光一の言葉一つで、行動一つで、睦月は天に昇るほどに幸せになれた。何がそんなに嬉しいのか、向井光一の前にいる睦月はいつだって笑顔だった。

 睦月にとって向井光一だけが、自身を幸せにしてくれる存在だった。他の人間が聞いたら大袈裟とでもいうかもしれないが、それは事実って俺は知ってた。




「こう、いちを取り戻す」



 睦月ののぞみはただそれだけだった。

 他に何もいらないとさえ、きっと思ってた。いや、今も思っている。



 ただ一人の男が傍にいればそれでいい、他はいらない。



 なんてその言葉だけ聞けばなんて一途で無欲な女だろうと周りは感服するかもしれない。最も睦月のヤンデレ気質を知れば、大多数の者が向井光一に同情するだろうが。



 向井光一は馬鹿だなと思うのは、妙なところで敏いのに睦月の内面に全然気付かなかったことだ。向井光一がその壊れかけの内面に気づいていたのならば、こうやって『大切な幼馴染である少女』が、俺によって壊される事がなかったのに。

 泣き叫び、笑い声を上げ、壊れていった睦月――俺は睦月が壊れていく様子をずっと見てた。睦月の心が壊れるのを、慰めるわけでもなくどうにかしようとするわけでもなく、ただ俺はいつもどおり見てた。



 内心睦月が壊れていく様を見れる事に興奮していた。

 睦月がもっと狂って、俺の好きな狂気に満ちた目が益々淀んでいくのかと思うともうどうしようもなく喜びに満ちていた。




 なぁ、睦月。

 もっと壊れて。

 もっと歪んで。

 もっと崩れて。



 そしてもっと面白い睦月を俺に見せて。







 そんな思いと共に微笑む俺の顔は、きっと睦月と負けず劣らず歪んでいることだろう。

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