現在:9

「あー、気持ち悪いのと口を聞いちゃった。もー、はやくはやくこーいぃちに会いたいよぉ」



 男をさっさと始末した睦月の第一声がそれであった。


 睦月は殺した男に対しての関心は一切ない。それがどんな相手であるかとか、そんなこと一切考えていない。

 ただブツブツと言葉を発している。睦月にとって男の命なんて虫けらの命同様どうでもいいものなのである。




 目の前に居もしない向井光一を呼ぶ睦月の声は何処までも特別な響きがある。



 苛立ったような睦月は魔法を行使して、あたりのものを一通り破壊していた。破壊行為は睦月のストレスを発散するのに一番良い事だった。





 木々が。

 草が。

 標札が。

 睦月の視界に入る様々なものが燃やしつくされる。




 欠片も残さずに睦月の黒炎はそれらを消えうせさせていく。

 俺と睦月は通行人がほとんどいないようなまさに田舎道とでもいえそうなそこを並んで歩いていた。



「睦月、二年ぶりに折角会えるんだ。あまり暴れすぎるなよ?」

「うん! こーいちぃにあえなくなるのは嫌だよ。あの女から光一を救ってあげるのぉお」




 睦月は驚く事に本気でそう思っていた。



「私のだもん。私の、こーいぃちだもん」



 独り言のような言葉を不気味にほほ笑みながら告げていた。




「ふふふふふふ、死ねばいいのに。殺すもん。私だけの光一なのに、何であの女が傍にいるんだろう」



 怒り任せに告げられる言葉は普通の人なら怯えそうなほどの殺意を含んでいた。




「何で、何でなんで。何でなんで。私のなのに。私が光一の傍にいるのが当たり前なのに」




 あまり暴れすぎるなと笑いながら言えば、何かスイッチが入ったらしく睦月はブツブツと恐ろしい事を言い始めた。




 睦月は地球でいうヤンデレという奴である。

 本気で心から向井光一を自分のものだと思っている。

 向井光一は絶対に自分の味方をしていて、自分の傍にいるのだと思っている。




 二年もあえていなかったのに、最後に喋ったのはあの召喚される前の会話だというのに、馬鹿みたいにそれを疑わず信じている睦月はおろかだと思うほどに真っすぐで、そういう所が好きだ。




 俺と『皇帝』の真実と嘘の交じった言葉に納得して、素直に二年も向井光一と逢わなかった睦月。

 二年なんて短いようで長い月日は人を変えるのには充分だ。それでも睦月は信じきってる。

 向井光一は自分のヒーローなのだと。

 それは盲目的で、狂気的な愛情だ。




「うふふふふふ、迎えに行くの。私のこーぃちを。もう役目は終わったんだもん。私とこれからはずっと一緒にいてくれるはずなんだもん。光一も私と一緒に居られなくてさびしかったはずだもん。私が会いにいったら喜んでくれるんだもん」




 「ああ、そうだな」



 俺は睦月の言葉に、心の中で同意していなくても頷いた。




 「あ、ちょっと待て、睦月。このあたりに一つ転移陣を作っておくから」

 「うん」



 俺は睦月に一言言うと、道から少し外れた更地の部分にしゃがみこむ。



 そして懐のポケットから羽ペンを取り出す。この世界には地球であったような便利なボールペンとかは皆無である。文字を書く道具は基本的に羽ペンしかない。

 そして魔力を通す特別なインクをつけて、地面に所謂魔法陣と呼ばれるものを描き始める。



 サンティア帝国を後にしてから一定の距離をおいて、俺はずっと同じものを描き続けている。



 それは転移を起こすための、魔法陣だ。

 俺は睦月とは違って、圧倒的な攻撃力のある魔法などは使えない。

魔法の才能を無理やり開花させられたものの、俺は補助的な魔法以外はあまり使えない。それに魔力の量も睦月よりも圧倒的に少ないのだ。

 睦月は人を簡単に殺せるほどの強大な魔法を使ってもピンピンしているが、そんなの睦月だけだ。普通はあれだけの魔法を使えば並みの魔法使いなら魔力不足で倒れる。

 陣を描くだけでも俺にしてみれば結構魔力を持って行かれる感覚になるほどである。




「樹はそういうの得意だよねぇ。私細かいの苦手」

「俺の場合は最低限の魔力を使うようにしないと魔力切れ起こすしな」



 睦月の言葉に苦笑してそう答えながらも俺は陣を描く手を休めもしない。



 魔法を使うには普通、地球でよく漫画や小説で見られたような詠唱が必要だ。詠唱なしの魔法は難しいし、詠唱ありの魔法よりも魔力を持っていかれてよっぽど魔力に自信がなければ使えない。



 が、睦月は詠唱破棄しか使わない。

 それだけ魔力量が多いのだ。そして睦月は細かい作業が苦手なため、補助系の魔法が苦手だったりする。

 陣を描き終える。俺は自分の描いたそれの出来に満足すると、次に詠唱を始める。



 ちなみに今は詠唱なんてものをするのはなれたが、魔法を使えるようになった当初は地球での感覚があるためか詠唱は滅茶苦茶恥ずかしかった。なんていうか地球だと厨二病とか言いようがないからな。魔法の詠唱を大真面目にするとか。



 ――万物から姿を消し、全てを惑わすものとなれ。

 ――そのものに気づくものなかれ。

 ――『幻想の水鏡』。




 詠唱が終わると同時に俺の体から青白く光る魔力が溢れだす。それは地面に描かれた陣に絡みついていく。

 それは陣を結果として覆い尽くす。

 そして消えうせる。消える時は地面に描かれた陣もまるで最初から存在しなかったかのようにその場から消滅した。



 これは幻術の類の魔法だ。

 属性としては水と光。それが最も幻術には向いている。



 俺が使ったのは水属性の魔法だ。水属性と言うのはあまり攻撃性のない属性だが、こういうのには持ってこいの属性なのだ。

 魔法が使えるような体にされてから、ずっと練習をしていたからか我ながら良い出来だった。これならよっぽどの魔法使いじゃなければ気づかないだろう。

 俺と睦月が目的を果たすまでの間誰かに悟られて、効能をなくされなければそれでいい。だからこの出来なら持つだろう。



 用事が終わった俺は睦月の方をちらりっと見る。

 睦月は巨大な石に座り込んで眠たそうだった。

 俺が転移陣を書いて、魔法を使う間静かだと思ったら眠くなって騒いでいなかっただけらしかった。



「睦月」

「……ん? 終わった?」



 近づいて名前を呼べば、眠たそうに目を細めた睦月がこちらを見た。



「ああ。だから行くぞ」

「うん」



 俺が言えば、睦月は頷いて立ちあがった。



 そしてそのまま俺と睦月はまた歩き出すのであった。

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