過去:4
「はじめまして。神無月睦月さん。これから同じクラスの一員として隣の席ですし、よろしくお願いします」
中学三年生になった春の事だ。
俺と睦月ははじめて同じクラスになった。しかも丁度、席が隣同士だった。隣の席に座る睦月に、初対面とでもいう風に笑いかける。
「……よろしく」
猫かぶったまま笑いかけた俺に、睦月はただそう言った。
睦月と出会ってから、もうすでに半年経過していた。
睦月はいつも屋上で話している俺とは違う、『優等生の俺』に怪訝そうな瞳である。
当たり前かもしれない。睦月の前では初対面の時以外、俺は素の自分でいたから。何か違和感でもあるのだろう。
それか気味が悪いとでも思っているかもしれない。他の奴に『優等生の俺』を気持ち悪いといって笑った奴も居る事だし。
実際俺の素を知っている奴らは『優等生の俺』を見ると様々な反応を示したものである。面白がったり、気持ち悪がったり、顔を引きつらせたり―――。
「同じクラスになるの初めてだな! 俺は向井光一って言うんだ。よろしくな」
睦月と挨拶を交わしていれば、何処までも屈託のない笑みで向井光一が話しかけてきた。
向井光一は、まるで何処かの漫画や小説の主人公のようだと思えるような男だった。
明るくて運動神経がよくて、無自覚だけど美形で――幼馴染や義姉までいるという主人公要素満載な男だった。こんな男が現実でいるのかと正直驚いた。
睦月の話でよく聞いてはいたが、こんなに間近で向井光一と話すのは初めてだった。
正義感が強い男だなんて正直面白くなさそうだった。それにあまり興味はなかった。
睦月に出会うまではただそういう有名な少年がいると噂を聞いて、姿を知っているだけだった。
最も睦月と出会ってからは色んな意味で興味は出てきたけれどさ。
「よろしくお願いします。向井光一君」
優等生として、俺は挨拶をする。
そうすればそんな演技にも気づかないで向井光一は俺に「これから仲良くしような!」などと言った。
そんな笑顔の向井光一を、睦月はずっと見ていた。
そして向井光一が睦月の視線に気づいて、今度は睦月に笑いかける。そうすれば睦月も笑顔を見せた。
睦月が向井光一の事を好きだとその態度が語っていた。俺に向ける声や態度とは全く違う。
睦月は心の底から、向井光一の事が好きだった。
この半年ずっと会話を交わして、睦月を見ていたからそのくらい俺にもわかった。だけど向井光一は鈍感で、そんな見てわかる気持ちに欠片も気づいてなかった。
こんなにわかりやすいのに全く気づかない向井光一の正気を疑いたくなるほどである。
向井光一にとって睦月は只の幼馴染だった。
近すぎるが故にそういう対称になりえない――まさしくその言葉が向井光一と睦月の関係には似合う。
しばらく睦月達を見ていればクラスに担任の教師がやってきた。
最初に教師の自己紹介やこれからの日程について話したかと思えば、そのまま学級委員長を決める事になった。立候補者が居るかという話になって、真っ先に手を挙げた少女に決まった。
学級委員長に決まった少女の名は、矢上菜々美と言った。
日本人らしい黒色の髪を伸ばした可愛いという言葉が似合いそうな女の子だった。
どうやらその子も同じクラスになるのははじめてだったらしく、向井光一は「はじめて同じクラスだな、よろしく」と笑いかけにいった。
そんな様子を睦月がじーっとみて、拳を握っていたのに向井光一は欠片も気づいていなかった。
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