過去:3
俺は睦月のやっていた事を言わない。
睦月は俺の素の性格を言わない。
そんな条件付きで、俺と睦月の関係は始まった。
俺と睦月が会話を交わす場所は、いつも屋上だった。
この場所には基本的に人は来ない。
鍵を持っていた俺と、鍵を壊した睦月を例外として。
そもそも俺達の通っている中学では不良といった人種がほとんどいない。そんな平和な中学校だ。
だから授業をさぼる生徒もほぼいないし、禁止とされている屋上に見つかれば叱られるのにわざわざ来る奴もいなかった。
そんな真面目な中学校だったのもあって、屋上ではいつも睦月と二人だった。
「睦月」
「……樹」
俺と睦月は屋上で二人で会う内に、いつの間にか下の名前で呼び合うほどには親しくなっていた。
とはいえ、学年は同じでもクラスの違う俺達は、屋上という場所以外では接点がなかった。校内でたまたますれ違う事も本当に時々で、俺と睦月の関係は屋上だけで完結していた。
太陽のテラス暑い夏の日も。
肌寒くなってきた秋の日も。
真っ白な雪の降る寒い冬の日も。
俺達が遭遇する場所はいつでも此処だった。
最初は警戒して俺を見ていた睦月も、俺が本気で言うつもりがない事を理解したのか大分警戒心が解けた気がする。
睦月はきっと自分の気持ちを発散する場所を探していた。その発散する相手として俺は最適だった。
どうしようもなく心に積もった気持ちを発散し、ただ一つの思いのために行動する。
睦月が屋上でやっていたのは、簡潔に言えばそれだけだ。狂気に満ちた行動の原理はそれだけなのだ。
だから俺がバラさないのなら、別に俺に見られようが睦月はどうでもよかったのだ。
そして俺はそんな睦月を見るのが面白くて、楽しくて、好きだった。
だから、何度も何度も飽きもしないで屋上に足を進めた。
神無月睦月って存在は俺にとって最も見ていたいと思う、興味深い人間だったのだ。
「樹は変な人」
「お前ほどじゃないだろ?」
時々、そんな風に普通の会話を交わす事もあった。
学校内の、それも屋上でしか会わない関係だった。
だけど、俺達の関係は決して浅くはなかった。
少なくとも睦月の親しいと思われている人達よりもずっと、睦月の事をわかっていたと思う。
神無月睦月という少女はは普段は普通を装っていた。
何処にでもいるただの、女子中学生にしか表面上の睦月は見えなかった。
睦月の周りにいる人間達は、表面上の睦月を理解しているだけだった。普通という皮を被った睦月しか、周りは見てなかった。
でも俺は、たった一人の存在に睦月が狂っていた事を知っていた。その睦月の狂気が、睦月の一部とも言えるほどに大きくなっていた事も知っていた。
普通に見えても睦月は狂気を纏っていた。
そして睦月は、俺が睦月の狂気を見ても態度が変わらないからか、俺の前ではその狂気を一切隠さなかった。
「今日は、光一がね」
睦月はそういって楽しそうにいつも、向井光一の事を口にしていたのだ。
何時間でもずっと睦月は向井光一の事を話し続ける事が出来た。それだけ睦月の中では向井光一との記憶が沢山あるのだ。
無邪気にただ向井光一について睦月が話しているだけの時も多かった。でも時折、睦月は暴れだしていたり、不気味なほどに笑っていたり、初めてあった時のように何かを壊したりも多かった。
暴れたかと思えば、笑ったり、笑ったかと思えば平常に戻ったり――、見ていて睦月は酷く面白かった。
「うふふ、あはっ」
無邪気に笑う睦月の狂気に染まった黒色の瞳が好きだった。屋上で睦月と過ごす間、俺はずっとその目ばかり見ていた。
もっと、その目が狂気に染まればいいとずっと思ってた。
もっと、睦月が狂ってしまえばいいってずっと考えてた。
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