第43話 ダカン平原の会戦③

 ランドルフ軍最前線の兵たちに限界が近づいている。


 敵は大盾兵による体当たりのあと、さらに背後に伏せていた突撃兵をぶつけてきた。


 それらはランドルフ隊の陣形が乱れた僅かな隙に楔を打つような攻撃であり、最前線で防御するランドルフ隊の兵士たちにも討たれる者が増え始めてきた。


 一度崩れ始めるとランドルフ隊はその脆さを露呈した。


 最前線の兵たちは決して新兵というわけではない。大盾と槍を同時に使いこなし、仲間と連携した行動を取りうるだけの訓練を積んだ兵である。


 しかしそれでもこの状況に追い込まれてしまったのは、彼らがすでに満身創痍だったからだ。


 食料はすでに日に二度、それも少量となっており、この暑さの中まともな陣幕で休むこと無くこれまで従軍していた。


 対してセラステレナの兵たちは食事も休養も充分にとった者たちばかり。


 いかにナプスブルクの白鬼の兵といえど、この形勢を覆すには条件が悪すぎる。


 こうなると地に膝をつけて盾を構えているわけにもいかず、兵たちの中には盾を捨てて各々に抵抗を示す有様も見え始めた。


「どけ」


 兵の一人がその声を聞き背後を振り返る。


 すると芦毛の馬に跨り、巨大な斧槍を構えた自らの主の姿があった。


 ランドルフはふと、以前マルクスに言われたことを思い出した。

 それはまだマルクスが旧政権下で大臣を務めていたころのこと。


「ランドルフ将軍、あなたは実に欲が無い」


「欲、ですか」


「そう。男は欲を持たねばなりませんぞ。いかなる勇者であっても老いれば力で若者に敵わなくなります。だから男というものは権力を得なければ。老いて若者の尊敬と忠誠を得るためにはそれが必要。権力を持たぬ老人とは、それは惨めなものです」


 その時のマルクスのいやらしい顔は、ランドルフを不快にさせた。


 ランドルフはその顔を思い出しながら最前線の兵をかき分け、こちらに気づいた敵兵に対しその斧槍で斬りかかった。


 敵兵は咄嗟に武器を構えるが間に合わず首を刎ね飛ばされる。


 それに驚いたもう一人の兵が奇声を上げて斬りかかるが、斧槍でその胴を突き上げられる。


 敵の将校と思わしき人物はランドルフが振り下ろした斧槍の一撃を剣で防ごうとするが、剣ごと頭をかち割られて絶命した。


 それを確かめたランドルフは、静かに呟く。


「確かに老いた。十年も前であれば、両断できたであろう」


 そしてランドルフは恐れおののく敵兵に向けて斧槍を構えると、背後に従う突撃兵に命じた。


「かかれ」


 ランドルフ隊突撃兵が一斉に雄叫びを上げて動揺する敵兵に群がった。



  ***


 なんだあの化け物は。


 ランドルフ隊と対峙するセラステレナの将軍は、突如前線に現れた白髪の老将に対し言葉を失った。


 奴が獲物を振れば兵士が斃れる。まるで草刈りか。ふざけやがって。


 だが、クリフトアスの言うとおりだ。


 ”ランドルフという将軍は優れた武人だが、軍人としての資質は欠落している”


 自軍中央が破られそうだというときに奴は自らが先頭をきり兵士を窮地から救おうとした。


 見上げた根性だ。中々できるものではない。自分が奴の配下であればそんな上官を心から崇拝することだろう。


 だが愚かだ。


「弓兵、両翼に展開」


 後方に下がらせていた弓兵たちが混戦となっている正面後方の両脇に二列横隊を作る。


「放てぇ!」


 その号令と共に放たれた矢が、ランドルフ隊両翼に吸い込まれていった。



 ***


「まずい……」


 ランドルフの背を守る形で後方の隊を指揮していたロドニーは、その様子を見て狼狽した。


 左右に展開し、敵を牽制していた長槍隊が敵の弓兵の猛射を受けたからだ。


 そして混戦に身を投じているランドルフは両翼に指示を出すことができないでいる。


 ロドニーは額を滴り落ちる汗を感じながら思考した。


 どうする、このままじゃ槍兵は全滅だ。両翼を下げるか? 馬鹿な、それじゃ親父ランドルフが孤立しちまう。


 ならいっそ突撃させるか? だめだ、盾を持たない長槍兵じゃ敵と接触するまでにやられちまう。ここで両翼が崩されたら左右から包囲されて全滅だ。


 どうすればいい。親父ならどうする。

 ここは俺が指揮しなければならないのに──。


 その時、右方から放たれていた敵の矢に乱れが生じた。


「マンへイム!」


 マンへイム率いるランドルフ隊の騎兵が右方に展開する敵弓兵に突撃を仕掛けた。

 突撃を察知した弓兵は散り散りになって退避の形をとったため、大きな損害は与えられていない。


 しかし隙ができた。


「弓兵、右翼の敵に斉射! 騎兵に当てるなよ、右翼槍兵前進! 弓兵を蹴散らした後、親父を側面から援護するぞ!」


 ロドニーがそう叫ぶと同時にマンへイムの騎兵隊は右翼の敵を横断し、続いて左翼の敵弓兵の撹乱行動に入った。


 助かるぜ、マンへイム。

 俺たちのことをランドルフの義理の息子と言う奴らもいる。

 その面目が果たせそうなのはお前だけだ。

 

 そう、俺にはランドルフ将軍の息子だなんて言われるに値する力はない。頭も腕っぷしも俺にはない。


 だが家族を失った俺を拾ってくれたあの人のためにも、俺は強くならなければいけないんだ。


 そうでなければ、俺はあまりに惨めじゃないか。

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