中古一国記

安川某

第一部 建国編

一章

序 ある日の風


 生温い風が頬を触る。


 妻の腹の中には二人目の子がいた。それは私の子ではない。


 夫婦と娘、家族揃って奴隷の身に落とされた時、私たちの平穏ははるか遠くの幻へと変わった。


 私も妻も、そして幼い一人娘も、主人である大富豪の持ち物に過ぎない。その身を汚されて人知れず涙を流す妻に触れることさえ、私には叶わなかった。


 絶望の中で年月を過ごすうちに、もはや復讐を願う気持ちすら消え失せ、立ち向かうための気力も消え入りかけていた。


 せめて我が娘だけでも。この命に代えて。


 そう思い始めたとき奇跡が起こった。


 いや、奇跡とは本来祝福に満ちた出来事であるはずだった。だとすればこれは”呪い”と言い換えても良い。


 つまりある日を境にして、娘には悪魔が宿ったのだ。


 娘の口から語られた欲望、そしてその計画に私はこれが現実の出来事なのかと何度も問いかけた。


 やがてそれが現実だと思い知ったそのとき、私は決心するに至った。


 たとえこの世界を地獄に陥れる代償を払ったとしても、数多の人々の憎しみをこの身に背負うことになったとしても、娘を救ってみせると。


 国を、買う。まるで商人に銀貨を手渡して首飾りでも買うように。


 私は妻の遺体を目の前にして膝を地に落としたとき、頬に受ける風の感触だけを確かめながら、そう誓ったのだ。

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