第4話 老将と二人の従士
軍勢が隊列を組み田畑の間を進んでいく。
ナプスブルクにとってなけなしの軍事力である全軍から、第二王子ウルフレッド軍に向けて援軍としては派兵されたのは、歩兵二百に騎兵百。総勢三百の小勢。率いるのは老将ランドルフ。
本来将軍とは千人規模の隊を少なくとも一つ以上率いる者が就く役職であったが、全軍で六百程の兵力しかいないナプスブルク軍においてはやむを得ぬ事情がある。
ランドルフは兵達が掲げるナプスブルク王国旗を見上げて、複雑な思いに駆られた。
今の自分達は果たして王国の軍と言えるのだろうか。
私は今も王国の将軍であると胸を張って言えるのだろうか。
かつては十倍以上の兵力を有し堂々と国土を保持していた先王の時代が時折ランドルフにも懐かしく思えた。
それにあの男、ロイ・ロジャー・ブラッドフォード。
頭が切れる男だというのはわかった。そして少なくとも現在のところ、王が放置していた諸問題に対して具体的な対応を行っている。
間違った対応だとは思わない。しかしその本心が見えない。
そしてそんなあの男が常に気にしている義理の娘は何者だろうか。
ランドルフはそれらの思いをすぐに打ち消し、意識を前に向けた。
どのような事があろうと、これは自分の戦。兵の多寡で指揮官の責務は変わらない。そして戦ならば勝たねばならない。自分と、従う部下達のためにも。
ランドルフ率いるナプスブルク軍は国境を超え、ロッドミンスター王国第二王子派の本拠地、ノースウォール城を目指している。
第二王子ウルフレッドについてランドルフは第二王子が側室の子であるという以外ほどんど知らない。
対して第一王子マシューデルについてはよく耳にしていた。
王国一の才子にして文武両道の若き獅子。マシューデルをそう呼ぶ声も国境を超えて聞こえてくる。だからロッドミンスターを継ぐのは第一王子マシューデルであるというのがナプスブルクでの統一した見解であった。
それが泥沼の内戦となっている。
第二王子ウルフレッドはマシューデル軍に敗北を喫した後、ノースウォール城に籠もりこちらの援軍の到着を待っているという。
「若き獅子の弟、か」
「なんです? 将軍」
傍らにいた若い騎兵将校がランドルフに声をかけた。
マンヘイムという貴族の青年である。幼いころはそれなりの暮らしをしていたようだったが、家が没落すると同時に次男坊であったため軍に売り払われるも同然でやってきた男だ。
軍に入隊し騎兵見習いとなった時からランドルフに面倒を見てもらっている、事実上の従士である。
「いやな、ロッドミンスターの若き獅子の弟というのはどのような男かと思ってな」
「兵力に劣ったわけでもないのに決戦に敗れたわけですし、やっぱ出来が悪いんじゃないですか?」
マンヘイムはこのナプスブルク王家二代に渡って仕えた宿将に対してなんとも軽い口調で答えた。ランドルフはそれで気分を害した様子もない。
王国の宿将ランドルフに対してこのような口をきける数少ない人物の一人が、このマンヘイムであった。
「親父」
遠くから騎馬に乗った騎士が一人、ランドルフに向けてそう叫び駆けてくる。
左目を黒い眼帯で覆った面長の若い男。若い隻眼の騎士はランドルフの横に馬を寄せると、朗らかに笑って言った。
「ノースウォールはもうすぐそこだ。やっぱ近えなあ。親父も久々の戦でウキウキしてんだろ?」
「ロドニー、口を慎め。兵達の前だぞ」
「へいへい」
ロドニーと呼ばれた隻眼の騎士は、貴族の生まれではない。
またランドルフの血縁者でもない。
戦争孤児であり、かつて戦場跡地で野犬に襲われていたところをランドルフが救った。
普段は明るすぎるほどの性格だったが、俺の左の目玉は犬の餌になったと、酔うとそう言って周囲を引かせる癖があった。
ランドルフを親父と呼び慕うロドニーは、いつしか老将軍の右腕とも言える男に育った。少々軽薄なのが玉にキズであるが。息子のいないランドルフはそう思っていた。
今回の戦では歩兵を百ずつ、この息子同然の二人に任せている。
国境を超えて目の前に横たわる大きな川、そこにまたがる橋を超えると高い城壁に守られた建造物が見えてきた。
つまりあれがロッドミンスター北の防壁、ノースウォール城の姿だ。
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