第151話 命を告げる

 リュウヤ・ラングは野原に腰をおろし、ぼんやりと公園の風景を眺めていた。

 午後の陽射しが傾き始めると、近くの木立からのびる影が先ほどまではキラキラと光を反射させていた池を覆い、今は息を潜めるように微風が波をほのかに揺らしている。

 微風にのって香ばしい匂いがリュウヤの鼻腔を刺激し、後ろから人の近づく気配がした。

 振り向くと、コップを両手にハーツ・メイカがそばに立っている。


「コーヒー入ったよ。リュウヤ君」

「あ、どうも」


 リュウヤはコップを受け取ると、ハーツはリュウヤの隣に座ってきた。二人は並んで黙ってコーヒーをすすっていると、後ろから黄色い声が上がるのが聞こえた。女性陣が集まり、その周りから子どもたちが物珍しげに覗き込んでいる。


「カワイー!カワイー!」


 ナギの声が一際大きく、前が大神官という身分を考えると、はしたないと思えるほどだったが、窮屈な生活からの解放感からか、少々、タガを外れているのかもしれないとリュウヤは思った。子どものようにはしゃいで、“年長者”の中にもいつもと様子が違うナギを訝しげに見ている子もいた。


「アイーシャ、このリュウヤさんを抱いている人て、リュウヤ君のお父さんですか」

「うん、そうだよ。おじいちゃん」

「あら、やだ。リュウヤさんにそっくり」

「あやつはナギみたいに、うるさいのはタイプじゃないぞお」


 浮かれるナギに素っ気なくクリューネが答えると、どっと笑いが起きた。


「リュウヤ君、人気者だね」

「アイーシャも、余計なものを持ってきやがって……」


 リュウヤは苦笑いしてコーヒーをすすった。

 アイーシャが持ってきたのは、リュウヤの幼少期が写ったアルバムである。日本を出立する際、アイーシャが家からあれこれ魔法の鞄に詰め込んでいたが、そんなものまで持ってきたとは知らなかった。


「それにしても“写真”かあ。面白いね」

「そう言えばこっちの世界て、画像や映像を紙に残す習慣ないっすよね。魔力を感知できるレーダーや立体映像まであるのに」

「まだ魔装兵ゴーレムや魔空艦に使われてる程度で、一般的ではないからね。記録する技術がまだできてないし」

「変な話すね」


 ムルドゥバの街に飾られている肖像画も一枚一枚職人が描いたものだが、ガルセシムをそこまで讃えたものではなく、単に肖像を残す撮影技術が無いという理由もある。

 軍の報告や会議でも、説明に使われるのは手書きの絵図だった。魔装兵(ゴーレム)や魔空艦にはタッチパネル式のキーボードはあっても、それ以外で軍はタイプライターさえも存在していない。


「所詮、僕ら人間側は外から持ち込まれた技術をよくわからずに使っているだけだからね。この世界になかったものを、はめ込んだわけだから、進み方も歪にもなるさ」

「……」


 今使用している陶器製のマグカップのように、ガラスや陶器はあっても、ステンレスやプラスチックといった技術までは発達していない。

 もっとも、代わりにミスリルやオリハルコンといった、それらよりも優れた貴金属があるし、魔法があるから技術が進歩すれば将来はわからない。しかし、現状でのこの世界では、何か余計で何かがが欠けている。

 悪い魔法使いに異形の生物に変えさせられた、哀れな王子を連想させた。


「特にあの“地獄の花”。核兵器だっけ」


 沈痛な面持ちでハーツが言った。技術者として核兵器に興味が無いではないが、倫理や道徳的にどうかという表情でいる。


「ムルドゥバからでも良く見えたよ。カッと白い光が部屋一杯になって窓の外を見たら、赤黒い火柱が盛り上がってくるところだった。凄い威力だけど、言葉の通り、確かに地獄だね」

「あれ、アルド将軍が興味持っているみたいだけど、何か聞いてます?」


 ハーツは唸りながら考え込む素振りを見せた。駒同様のテトラよりも、技術者のハーツの方が情報を持っている可能性が高いと見当つけたのだが、それは正解だったようである。


「近々、軍を竜の山に送り込むらしいよ。爆発直後にチームの編成を指示したらしい。リュウヤ君から放射能の話を聞いて、別チームで防護服の研究や除染水つくったりしている。部隊も編成し直しているって」


 やっぱりかと、リュウヤは舌打ちした。リュウヤはムルドゥバがゼノキアの予想した通りの行動をしていることに腹を立てていた。ゼノキアが教えてくれなければ、確実に悲惨な末路が兵を待ち受けていただろう。もしかしたら、自分たちにも。


「……それにしても、思ったより落ち込んでないね」


 ハーツが考え込むリュウヤの顔を覗き込むように言った。ハーツがテトラとの勝負のことを言っているのだとすぐに覚った。

 考えるには重すぎる話題を、ハーツは変えたがっているのだろう。


「そう見えますかね?」

「食事中は暗い顔してたからさ。リュウヤ君にしてみれば、ゲームみたいなものだからかな」

「そんなことないっすよ」

 とリュウヤは苦笑いして手を振った。テトラとの試合後、ずっとため息を吐き続けるリュウヤを、クリューネやジルにからかわれていたが、それでも明るく返していたのだ。


「かなりショックですよ。余裕でいけると思いましたからね。完全な油断です」

「……」

「魔王軍のルシフィに完敗したことあるけど、あれよりも悔しかったな。まあ、今はほっとしてます」

「ほっとしてる?」


 剣士は奇妙な表現をするものだと、ハーツはリュウヤの横顔を眺めた。


「もし、あれが実戦だったら、酷いことになってたかもしれない。ダメージは少なくても、毒が仕組まれていたらとか考えたら……」


 と、リュウヤは宙を睨んだ。


「あいつは真剣勝負を挑んできた。稽古みたいにやるんじゃなく、もっと気持ちを集中させなきゃいけなかったんです。初歩的な話なんでしょうけど」

「……」

「テトラに“まだまだ心身の練磨が足りない”と言われたけど、あいつの言う通り。良い勉強しました。まだまだっすよ、俺は。いや、心にガツンときました」


 堅い表情が次第に崩れていき、最後にリュウヤは愉快そうに笑っていた。

 状況を判断し、機を逃さず一気に攻めたテトラにリュウヤは感服する思いでいた。

 あいつはまだまだ強くなる。

 リュウヤはテトラの姿を求めると、写真には関心がないらしい子どもたちと遊んでいた。


「そういうリュウヤ君も、ますます隙がなりそうだね」

「……その隙をつくらないためにも、ハーツさんにちょっとお願いあるんすけど」

「なんだい」


 ハーツが訊ねると、リュウヤは胸元から楕円形のアクセサリーがついたペンダントを取り出した。製作したハーツ自身が一番よく知っている。


鎧衣プロメティアの強化、こいつの出力を上げることて出来ます?」


 リュウヤの質問にハーツは眉をひそめた。


「出来ないことはないけど今ので充分じゃないかな。これ以上、出力上げてスピード上げても、君の身体がもたないよ」


 速度を上げたところで、人間の身体がその圧力に耐えられなければ意味がない。


「いや、速度じゃなくて攻撃力やバリアを強化して欲しいんです」

「それでも、流石にリュウヤ君でも扱いきれるかなあ」


 ハーツは慎重だった。

 鎧衣プロメティアの、ミスリルプレートに集められた膨大なエネルギーを操るには尋常ではない集中力が必要だし、身体にもかなりの負担となるはずだ。


「大丈夫っす。練習するから」


 リュウヤは拳を握りしめて、自信と力強さがみなぎる視線をハーツに送った。

 鎧衣プロメティアの能力を最大限まで扱えるのは、リュウヤだけだが、すぐに扱えるようになったわけではない。多くの志願者が音を上げた中、毎日、取りつかれたようにハーツの元に来ては、日が暮れるまで練習に励んだ結果である。一見、軽々しく聞こえるが、その言葉には裏打ちされたものがあった。

 わかったよとため息混じりにハーツが承諾した。


「でも、今日明日はさすがに休ませてくれ。明後日、昼頃に研究室来てくれるかな」

「ウッス、たのんます」


 二人は顔を見合わすと軽く笑って、残ったコーヒーをすすっていた。


「お父さあん」


 アイーシャの呼ぶ声がし、自分の身体半分ほどはあるアルバムを抱えて、ぽてぽてと駆けてくる。


「ケーキ分けたから、どうぞって」


 クリューネが既にケーキをリスのように頬張っていて、配り終える前に手をつけたことで子どもたちからかなり批難を浴びている。

「はやく!クリューネのお姉ちゃんに食べられちゃうよ!」

「そんなに焦るなよ」

「だってケーキだよ、ケーキ」


 遅れてなるものかと言わんばかりにアイーシャは、鼻息あらくリュウヤの腕を取ると、ナギたちがいる方へとぐいっと引っ張った。意外に強い力でひきずられるように立ち上がって小走りに駆けていった。

 仲がいいなと、ハーツは二人の後ろ姿を微笑ましく見送っていた。


「お父さん、はやくはやく!」

「そんなに急ぐと、クリューネになっちまうぞ」

「ダメだよ。あの子の分も残してあげないと」

「あの子て?」


 リュウヤの問いにアイーシャがえ?驚いた顔をして立ち止まったので、リュウヤの方が戸惑ってしまった。

「お母さんのこともあるから、ピクニックしようて言ったんじゃないの」

「どういうことだ」

「お母さん、赤ちゃん出来たんだよ」

「……へ?」


 一瞬、アイーシャが何を言っているのかわからず、呆然と見詰めるだけだった。


「男の子だって」


 満面の笑みできらきら瞳を輝かすアイーシャに、リュウヤはますます戸惑ってしまった。


「セリナから何も聞いてないぞ」

「うん。だって、お母さんにもわかんないくらい、ちっちゃすぎるもん。もしかしたら、て思っているかもしれないけど。お父さん、ホントにわからなかった?」

「お母さんもわかってないのに、わかるわけないだろう」

 そっかあとアイーシャは不思議そうに首を傾げた。


「……アイーシャにはわかるのか」


 アイーシャはうんと自信たっぷりに大きく頷くと、リュウヤの手を引っ張った。

 何故、アイーシャにはわかるのか。これも力のひとつなのだろうか。

 強い力に引っ張られながら、リュウヤの脳裏に、最近悩みがちだったセリナの姿が浮かんでいる。あれはそういうことだったのだろうか。


「そうか……」


 新しい命が。

 新しい家族が。

 まだ事実はわからないが、考えただけでも心が高揚し、激しく身体が奮えた。


「そうか……!」

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