第76話 ツインテールはなびかない

「ナギ様、ガンバレエ!」


 グラディウスがファフニールを殴りつけた後、窓の雨戸が閉められても、子どもたちは礼拝堂の扉の隙間から外を眺めながら、わっと歓声を起こした。


「あなたたち。危ないから、早く奥に避難しなさい!」


 セリナの呼び掛けに、平気だいと男の子が言う。グランという七歳になる男の子で、施設では腕白と言われている。


「この前も魔王軍が来たけど、ナギ様がやっつけたじゃんか」

「みんなが避難してくれたから、ナギはおもいっきり力を使うことが出来たの。そばにいたら、心配して戦えないでしょ」

「でも……」

「でもじゃなくて、ナギ様はみんなの身体が大切なんだから、心配させるようなことをしないの。ね?」


 グランの前にしゃがんで、覗き込むセリナにグランは赤面して顔を背けたが、ちぇっと強がって舌打ちしてみせる。


「セリナが言うんじゃ仕方ねえな」


 グランはふんと鼻を鳴らすと、不満げな表情で他の子どもたちと一緒にセリナの後についてくる。神殿奥にあるナギの寝室には、特殊な結界が張られていて、緊急の際には避難所として使われていた。

 グランは次に、どんなことを言ってセリナを困らせようかと、考えながら歩いている。


 ――困らせれば、またセリナがあの綺麗な目で、じっと見つめてくれる。


 具体的にそこまで考えていたわけではないが、グランの底にはそんな意識がある。

 幼い子どもが保母さんに惹かれ恋心を抱くように、グランもまた例には漏れず、優しいセリナに恋心に似た感情を抱いていた。腕白と言われる行動をするのも、セリナに構って欲しいがためである。

 次にグランがとった行動も、やはりセリナに構ってもらいたいという気分が、グランのなかで多分にあった。


「……なあ、ナギ様の戦い見に行きたくね?」


 ナギの寝室に向かう途中の廊下で、グランはアイーシャや他数人の子供たちを集め、声を潜めて言った。

 魔法防御が施されている雨戸や扉は、グラディウスが発動すると自動で閉めきられるため、神殿内は真っ暗となっていた。

 突然の事態に灯りも持つ余裕もなく、皆一様に壁を頼りにして慎重に歩いている。

 頻繁に起きる激震に、悲鳴に似たものが子どもたちから起こり、セリナが腰を抜かした女の子を抱きしめて、慰めている様子がうっすらと浮かんで見えた。。

 グランはセリナに慰められている子を、良いなあと横目で見ながらうらやましがったが、幼くも自身のプライドがそれを許さない。

 どうせなら、褒めてもらいたい。

 どうしたら、あんなふうに自分がしてもらえるか。

 それにナギの戦いもちゃんとみたいし、応援もしたい。

 応援が励みになれば、あとで褒めてもらえるかもしれない。


「危ないって、セリナが言ってたじゃん」

「でも、ナギ様なんだぜ?大丈夫だって」

「そうかなあ?」

「なあ、アイーシャ。お前だって見たいよな」

「うん……」

「なんだよ。どこか悪いのか」


 グランは心配そうな顔をして、もじもじしているアイーシャに尋ねる。グランはセリナの娘であるアイーシャには良いところを見せたくて、いつも兄貴面をしてアイーシャに接する。


「……でも、お母さんが」

「俺がいるし、ナギ様がいる。ナギ様だって応援してくれたら、きっと嬉しいさ」


 年長のグランに言われては、アイーシャも抗する言葉もなく、ウンと頷いた。

 アイーシャの隣に座る少女が、グランに顔を近づけて口を開いた。


「で、どうやってナギ様のとこに行くの?全部閉められているんじゃないの?」


 ところがだ、とグランは腕組みをして得意顔になった。


「途中の倉庫に、外に出るための隠し扉があるんだよ。俺、ここを冒険して見つけたから知ってんだ」

「でも、どうやってセリナにばれずに行くの?」


 再び震動が起こる真っ暗な天井を見上げていると、ふとグランはあることを思いついてアイーシャを見た。


「アイーシャ。トイレに行きたくないか?」


  ※  ※  ※


「なんだあれ……?」


 バハムートがヒュドラから放たれる光弾をかわした後、聖霊の神殿の下から、上半身だけ地上に露出させて鉄の巨人が現れ、新たな敵かと思ってリュウヤが呟くとバハムートの声が響いた。


『ナギの召喚魔法、聖鎧神塞グラディウス。やはり、ナギが出てきたか』

「ナギ様の召喚魔法……?あれが?」


 リュウヤは目を凝らして、グラディウスを眺めた。

 衝撃音とともに、空気が震え、稲光に似た閃光が奔るのが見えた。もう一体のファフニールとグラディウスが戦闘に突入している。

 まだ距離はかなりあるのに、尋常でない魔力による波動が、ひりひりとリュウヤの肌にも伝わってくるようだった。


「とにかくナギ様の援護だ。急ぐぞ、クリューネ」

『言われなくともわかっている。それに、こういう時はバハムートと呼べ!』

「うるせえな。頼むよ、バハムート」

『そうだ。我に任せろ』


 ヒュドラから放たれるエネルギー弾は、次々とバハムートに向かってくるが、照準が定まらないであさっての方向へと逸れていく。


 ――焦っているのか。


 バハムートが持つ竜の目から、ヒュドラにオロオロと不審な動きがあるのに気がついた。

 堂々とした赤い巨体が、うろたえながら自分たちとファフニールの戦闘を交互に見ている様は、どこか滑稽に映った。


 ――あのヒュドラ、与し易いかもしれん。


『行くぞ、リュウヤ!』


 バハムートは叫ぶと、ヒュドラに向かって更にグンと加速していった。


  ※  ※  ※


 イズルードの載るファフニールは尻餅をつく格好でグラディウスを見上げていた。その先には鋼の巨人と、巨人の額に納められた神殿の前で、冷たい視線のまま見下ろすナギが佇立している。


「これで、私の聖鎧神塞グラディウスの力がわかったでしょう。早々に立ち去らなければ……」

『あー、聞き飽きたな。そんな陳腐な台詞は』

「なんですって?」


 ナギの言葉を遮り、ファフニールがその巨体でネックスプリングを披露しながら、素早く立ち上がった。


『バハムートにグラディウスか……。これは面白いな』

「あなた方は面白半分で、こんな戦いをしているわけですか?」

『全部だよ、女!全てが面白い!』


 敵。

 好敵手。

 ファフニールの索敵センサーが“脳波制御装置ブレイン・コントロール・システム”を通して増幅され、イズルードの中に闘争本能として肥大化し、目の前の敵は格好の獲物として映っていた。

 聖鎧神塞グラディウスを見据えるイズルードの操縦席に、タナトスの叫びにも似た声が響く。


『おい、イズルード。バハムートが迫っているぞ。どうするんだよ!』

『バハムートはお前が相手しろ』


 イズルードの返事に、タナトスが『ええっ!?』と絶叫するような声を挙げ、グラディウスと格闘するファフニールと、迫るバハムートを何度も交互に見た。

 飛来するバハムートに加え、予想もしていなかったところから出現した強敵に、タナトスはすっかり狼狽うろたえていた。若い軍団長の中でもっとも年若で、剣技は優れたものがあるのに、気迫で遅れをとると評されるタナトスである。

 自然、パートナーのイズルードに頼る格好となり、バハムートと戦うにも二人ならと思っている節があった。


『新手が現れたのだ。仕方ないだろう。タナトスよ、ヒュドラの力を、我らの機神(オーディン)の力を奴等に見せつけてやれ!』

『お、おう……』


 ――ふざけている。


 ナギは眉間を寄せて青い巨人を睨みあげた。

 普段は平和を愛し穏やかなナギだが、その平和を掻き乱す相手には誰よりも敵意を持つ。外見に比べて短気と言えば短気なナギは、怒りで沸騰し、怒りの感情は、自身の指に最大攻撃魔法の印を結ばせていた。

 グラディウスの口が大きく開いていく。


「吹き飛べ……!」


 先にアズライルたちを吹き飛ばした竜巻の攻撃が、ファフニールにも襲いかかる。特定の者を、或いは全てを排除する猛り狂う嵐が、ファフニールの機体を軋ませ呑み込もうとする。


 ククッと笑みがこぼれた。


『そんなものか……』


 嵐がファフニールを襲いかかり、竜巻が天空へと誘おうとする。耐えがたいほどの衝撃と震動が機体の中に起きているはずだが、イズルードは喜悦の笑みを浮かべたまま、外界のモニターを眺めている。


『俺は……、俺はオーディンのおかげで、強くなりすぎてしまいましたよ。ナギとやら!』


 ファフニールの両目が金色に輝くと、同様の金色の光が、ファフニールの青い外皮をうっすらと包んでいくのが、ナギの目にもわかった。


『はあああああっ!!!』


 ファフニールの機体から発せられた強烈な光は、天空まで照らし砂塵を巻き上げながら、ナギの嵐を瞬時に掻き消した。荒れ狂った竜巻が一瞬にして消失していた。


「グラディウスの風の攻撃を消した……?」

『所詮は守りに特化した召喚魔法。相手を踏みにじろうとするには、パワーが圧倒的に足りんな。今度はこちらからだ』


 ファフニールの背中に装着された、蟹のハサミに似た二つの物体がファフニールから離脱すると、管のようなもので繋がれたそれは、ふわりと宙に浮き、尻尾のようにファフニールの周りを落ち着きなく飛び回っている。


『大神官ナギ!この“双竜尾砲(ツインテール)”に驚嘆し屈服せよ!』

「そんな小道具がグラディウスに通用しますか!」

『わかってないな、貴様は!』


 ナギはグラディウスに再び風の魔法攻撃を命じ、再び竜巻を生じさせ、ファフニールを双竜尾砲ツインテールごと吹き飛ばそうとしたが、双竜尾砲ツインテールから発せられる強力なエネルギー波がグラディウスの竜巻を消し去った。


『通用しないとわかっているのに、またやるとはな。実に愚かだ。最初は不意を喰らったが、グラディウスの力なぞ、最早見切ったわ』


 イズルードが嘲るような口ぶりで言うと同時に、双竜尾砲ツインテールから強力なエネルギー波がグラディウスに襲い掛かった。それこそ、嵐のような攻撃が始まった。

 ナギの鈍重なグラディウスでは、ファフニールや双竜尾砲ツインテールの素早い動きを捉えることができないでいた。加えて、ファフニール本体の強大なエネルギー砲に押され、ナギは防戦一方となる。


 ――何とか堪えてみせる。


 ナギは歯を喰いしばり、グラディウスに力を注ぐことに神経を集中させていた。しかし、唐突に聞こえた複数の声に、ナギはその集中を乱した。


「ナギ様、ガンバレ!」


 振り返ると柱の陰から声援を送る、グランやアイーシャ他数名の子どもたちの姿があった。


「あなたたちどうしてここに……!」

「ナギ様の応援だよ!」


 グランは握りこぶしをつくって示すと、別の方向からセリナの絶叫するような声が聞こえた。


「グラン!アイーシャ!何をやっているの!」

 

 神殿内から退避するための隠し扉方向から、事態に気がついたセリナが血相を変えて走ってくる。


「みんな、早く逃げなさい!」

『こんな時によそ見か、素人め!』


 イズルードの嘲笑に反応して、ナギは視線を正面に戻すと、イズルードの両腕装着された銃砲の砲口と、双竜尾尾ツインテールの砲口から、膨大なエネルギーの塊が滞留していくのが見えた。


「みんな、ふせて……!」


 そんなナギの叫びも、激流となって押し寄せる衝撃波によって、空しくかき消されていった。

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