第3話 クレープよりも甘い日々
「こんばんは。今日はどうされるんですか」
5回目のインターホンが鳴るだろう夜、玄関の前で除霊準備をしていると水野が話しかけてきた。
「あんな鬱陶しい事言ったから話しかけてくるとは思わなかったな」
本心からそう言うと水野は、
「はい、正直鬱陶しかったです。ですが田中さんの言葉が何だか胸に刺さったの
で……責任、取ってくださいね?」
と苦笑しながらそう言った。中々の破壊力だったが責任とは一体?ちらりと水野を伺うと、
「つまり田中さんの除霊に付き合わせてほしい、と言うことです。やりたいことをやれと言ったのは貴方でしょう?」
それがやりたいことで良いのか?だが俺は頭がよくないので一緒に考えてくれる人の存在は助かるのも事実、あと可愛い子と一緒だと嬉しい。
「しょうがないな、何があっても知らないからな」
上がって来るテンションを必死に抑えながら極めてクールに言った……はずだ。
今日の除霊作業について水野に説明をした、携帯からお経を延々と鳴らし続けるという簡単なもので説明の必要も無いのだが。この方法について水野に聞いてみたが、
「良いんじゃないですか」
相変わらず基本的にクールな娘だった。
そしていつもの時間、いつものインターホン……。
「何で鳴るんだろうな?」
「本当に鳴ってる……」
そういや水野は初耳だったか。初めての心霊現象に出くわして少々恐怖しているようだ。固まっていたがおもむろに携帯を耳にあて何かを聞いている様子、と思ったがなにやら俺に携帯を渡してきた。
「ああラインの交換ね」
冗談でそう言ったが、
「え? あっお願いします……」
ラッキー!まさか交換できるとは。この子ちょっと心配になるな……と勝手に水野を心配していると、
「て、そうじゃありません。これを聞いてください」
とボイスレコーダー機能を表示しながら渡してきた、何だ?再生を押すとお経が聞こえてきた。
「さっきのやつか、これが何か?」
「良いから静かに、最後まで聞いてください」
怒られてしまったので大人しく最後まで聞くが……。
「何事も無く終わったぞ?」
「そうお経の声だけの普通の音声でしたよね、本来聞こえるはずの音が入ってないことを除けば」
はっとした。確かにどれだけ耳を済ませてもインターホンの音が入っていない!水野はドアのすぐ近く、俺はそこから少し離れたところでお経を再生していた……にも関わらずお経の音だけはっきりと聞こえてインターホンが聞こえないのはおかしい!
「これは動画サイトにあげて金稼ぐのは最初っから無理か」
「そこじゃないでしょう、もう」
もう、が可愛かった。
「じゃあ今日はこれまでだ、またな」
「あ、ちょっと田中さん」
振り返ると水野はちょっと拗ねた様子で、
「……ライン交換してくれるんじゃなかったんですか?」
か細い声でそう呟いた。
3日後の日曜日の朝、ラインで水野に除霊方法がもう思いつかないので何か教えて、と送ってからバイトに行った。バイトが終わって携帯を確認すると、
「普通交換したらその日のうちにラインを送るものですよ」
「それと、思いつかないならもっと早めに言ってください。準備期間とかあるでしょ う」
「水やお香などが効果的らしいです。あとは掃除や換気ですね、田中さんはちゃんと していますか?」
と来ていた。文句を言いつつ教えてくれるとは律儀な奴だ。
「すまん、用件が無かったから送らなかった。水と掃除だなありがとう!」
と送るとすぐに返事が来た。
「用件が無くても送るものです」
「お香は何で選択肢に入ってないのですか。買うお金が無い、というのなら私のでよ ければ差し上げますよ」
なんて良い奴なんだ!すぐにお礼の返事を送って部屋に帰って食事をしていると、
ピンポーン……。
インターホン?今日はあの日じゃねえぞ。不審に思いながら覗き穴から伺うと水野が立っていた。
「こんばんは……?食事中でしたか、失礼しました」
ぺこりと頭を下げる水野。
「気にするな、もう食べ終わった。それで今日はどうした?」
そう言うと水野は鞄から何かを取り出して渡してきた。
「あのこれ、お香です。友人から貰ったものなのですが普段使わなくて困っていたものなのでお気になさらず」
まさかその日のうちに渡してくれるとは……しっかりした子だな、俺とは大違いだ。少し、ほんの少し気になることがあったが深く触れずにお礼を言って扉を閉めようとしたが、
「あの、お部屋上がっても良いですか?」
「あれこいつもしかして俺のこと好き?」、
「違います、そういうことは口に出さないでください。掃除状況を確認したいだけです」
とのこと。オカンか!別に見られて困るものも無いので水野を部屋に上げるが、仮にも幽霊部屋だぞ大丈夫かこいつ、とますます心配になった。
「思ったより散らかってない……というより物がないんですね。でも埃が……」
姑がそこにいた。
「田中さん、私も手伝いますので今から掃除しましょう。それとインターホーンが鳴 る当日もやりますよ」
ラッキー……と思うことにした。パソコンの中さえ見られなければ問題ない。
1時間後、綺麗サッパリな部屋になって俺が一番驚いていた。
「水野、お前お嬢様だと思っていたのに……」
「いつ私がそんなことを言いましたか?それとお嬢様が掃除をしないのは偏見です、 自分の身の回りのことは自分でやります」
つまり水野はお嬢様だが掃除も出来るスーパーお嬢様ということらしい。
「水野はいい家政婦になれるよ」
「そこは普通奥さんと言うところです」
水野は呆れていたが満更でもなさそうだった。
「で、どうした?」
「え?」
「付き合いは短いが何かあったんだろ?扉開けた瞬間のお前の顔泣いているように見 えた」
綺麗になった部屋、お茶を二人で飲みながら一息ついているときに尋ねた。
「田中さんは人の感情に敏感ですね。芸術家か何かですか?」
「役者志望の貧乏フリーターだよ……言いたくないならいいけどさ」
そういって水野の方を伺うと、
「知らなかったです……ふふふ、そういえばお互い名前くらいしか知らないのに部屋 で二人でお茶を飲んでいるなんて不思議ですね、こんなこと少し前の私なら想像も 出来なかったです」
泣いているような笑っているような、そんな顔をしながら水野は言った。しばらく下を向いていたが、覚悟を決めた顔をして、
「聞いて欲しい話があるんです」
と言った。聞くだけだけどな、と言うと一瞬止まった後、クスリと笑いリラックスした顔をして話し始めた。
話を聞くと水野は大学サークルの人間関係に悩んでいるらしい。もてる水野は他の女子からしたら嫉妬の対象、男からしたら誘いを断り続ける空気の読めないお高くとまった奴。最初は女子も水野を合コンに餌として誘えば良い、とか考えていたようだがそういった誘いをクールにすべて断る水野はただただむかつく存在だったろう。そういうわけで徐々に居場所がなくなってきているらしい。
「でもそれでも普通に接してくれる人は何人か居ました。ですがその中の一人が私に 告白してきて……断るとその男性のことが好きだった子が怒って、それからはその 人達からも遠巻きにされてしまって……」
今にも泣き出しそうな声で水野は言う。大学生活を知らない人からすると全く大したことじゃないと思うかもしれない。そのサークルやめて別のサークルに行けよとか、別に友達を作れば良いとか思うかもしれない。だが大学生にとっては死活問題だ、ましてや他に居場所の無い水野みたいな人間にとっては真っ暗闇の中に放り出されたようなものだ。そして俺もサークルに嫌なことがあって辞めた人間、気持ちは凄いわかる。……でもなんて言ったら良いか分からん!とりあえず言いたい事を言おう、そうしよう。
「お前は贅沢! 告白してきた男振りまくって何様だ! 女からしたらそりゃムカつ くわ! 男からしてもムカつくわ!少しくらい付きあえよ!俺なら3日はへこむ ぞ」
そう言うと水野は戸惑ったようだが構わず続ける。
「一つのコミュニティに自分から参加したんだからある程度はそこの空気を大切にし ないといけないだろう。つまり最低限の付き合いとかは必要だったんだ。それが嫌 ならお前の生き方が許されるコミュニティに入るか自分で作るかするしかない」
「でも今更……」
「馬鹿まだ7月だろう?大学生活はまだまだ始まったばかりだ。俺みたいに2年の後半でサークルを辞めるよりよっぽど賢いぞ」
そう水野をたしなめる。厳しいことを言っていることは分かっている、大学生にとって一度入ってたコミュニティを脱退し、別のところに入る、作るというのは途方も無いことであると。それでも言うしかないしやるしかない、話を聞く限りそのサークルは水野に合っていないし今更水野が変わっても遅いだろう。それこそサークルの誰かと付き合ったり合コンとかの誘いをOKすればあるいは……だが、そんな水野は見たくない!という俺のわがままだ。……あれ、俺結構水野のこと好きかもしれないな……色々馬鹿な事言ってきたし、貧乏だし、もう手遅れだろうけど。
「田中さんはどうしてサークルを辞めたんですか」
しばらく考え込んだ後水野は尋ねてきた。
「狸な先輩が居てさ、何というか告げ口しまくっていたんだよなそいつ。で、権力あ る奴に媚びへつらって……上は実力無いのにおべっかばかりの奴ばかり役を取って さ……で何か色々馬鹿らしくなって辞めたんだ」
嫌な過去を思い出しながら正直に水野に伝える。
「田中さんは……後悔しませんでした?サークルを辞めて」
「してない……といったら嘘になる、今でも夢に見る。皆でワイワイしていたあの頃 を。だがあの時はそれで良いと思ったし、今でも間違っていなかったと思う。時間 が戻っても同じ選択をするよ俺は」
そう言うと水野はふふっと笑って
「たまに……本当にたまにですけど格好良く見えますね田中さんって」
と笑顔で失礼なことを言いやがった。すぐにいつもだろ、と否定しようとしたがあまりにもその顔が綺麗で何も言えなかった。
「今日はお世話になりました」
そう言って玄関から出て行く水野。結局辞めるのかどうするのかは聞いていない。実際厳しいからな……でもそれを選ぶのは水野であって俺ではない。例えそのサークルに居続ける選択をしても応援しよう、嫌だけど。
「今日、実は何か起きるかもしれないって思いながら部屋に上がったんです」
「幽霊部屋だということ忘れていなかったんだな」
「いえそちらではなく……その、男の方の部屋に上がると言うことである程度は覚悟 をしていました」
「そっちか!? いや普通そっちか、何もしねえよ馬鹿」
あんな顔した奴を襲えるかっつうの。だが水野は、
「いえ……とても素敵な事が起きました。今日は勇気を出して良かったです」
そう言って幸せそうに柔らかく微笑んだ。
6回目のインターホンが鳴るだろう夜、事前に水野と部屋を綺麗にし、水とお香を用意し、待つ。
いつもの時間、いつものインターホン……
「効果無しか……」
「無いですね」
そう言って顔を見合わせる俺と水野、あれからサークルをどうしたのかは聞いていない。答えを出すのに時間がかかるだろうし変に聞いても焦らせるだけだと思って。新しい居場所を見つけられたらそれが一番良いのだが難しいもんな……。それはともかく心なしか水野の態度が柔らかくなったように感じる。俺が原因かはわからないがそうだったら良いな。
「もうお手上げか? 別に、テレビの邪魔される位だけだし諦めるか」
全くそんなことは思ってないのだが、そう水野の顔を伺うと、
「え、いえまだまだありますよ。その、諦めないでください」
ちょっと焦った様子の水野に癒された。そう言うと、くだらない嘘をつかないでください、と拗ねられた。
水野は今日から夏休みらしいが実家には帰らないようで、俺はひそかに喜んだ。そんな7回目のインターホンが鳴るだろう夜、有名な神社で買った高い魔除けグッズを扉に飾る。俺は絶対に嫌だったのだが水野が引かなかった。そしてお金も全部出すと言って来たもんだから、凄い心が揺れたが瀬戸際で何かが勝った。
「これは俺の問題だから買うんだったら俺も半分出す!」
言った後凄い後悔した。水野も気を使って、
「えっとやっぱり止めましょう?その、結構しますし」
「いや、買う!」
馬鹿だった。何故かムキになって引けなかった。水野に格好悪い所を見せたくないという、いらないプライドが邪魔したせいだった。帰り道へこんでいたら水野がクレープを奢ってくれたが、このときは素直に奢ってもらった。だったら最初から素直になれ俺。ベンチに腰掛け、二人でクレープを食べているとふと時間が止まったような不思議な感覚に陥ってため息と一緒に言葉が漏れ出た。
「水野、俺今幸せだわ」
思っていたことがそのまま出てしまってさてどうしたものかと思ったが、クレープに夢中な様で水野には届いていないようだった。だが隣の無言でクレープを食べ続ける水野の、少し赤く染まった横顔を見て俺も残りのクレープをがっついて食べた。
今日もインターホンは鳴った。
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