第三十四話 甘酒と神棚と羽根布団

 天文十七年(1548年)1月


 吉田神社の猿楽上覧さるがくじょうらん興行を無事に終えてから、公方様と正式に参内さんだいするなど政務もこなしていた。

 参内はまあ型どおりにやっただけである。

 事前に山科卿にレクチャーを受けていたので特に問題もなく終えている。

 現状の幕府は朝廷とは上手く連携が取れている。

 近衛家が将軍家の縁者になり支えているため、朝廷の支持はとても篤い。

 近衛家に関しては少し考えないでもないのだが今のところはどうしようもなかったりする。


 政務の合間には、はりきって商売に精を出していた。

 なんといってもメープルシロップの採取である。

 今年は昨年よりも採取する範囲が格段に広くなっている。

 昨年と同じ京周辺の山々に加え、代官職を購入した山城北部一帯や米田本家と奈良林家に手伝ってもらい大和からも採取を行っているためだ。


 代官になった山城北部では米田求政の指揮の元、領民にも手伝ってもらって広範囲に採取をおこなっている。

 領民にも大した額ではないが給金をしっかり払うので、求政からは領民が喜んで手伝ってくれていると報告があった。

 年貢もかすめ取らないし、おまけに普通は税の一種の「夫役ぶやく」として強制労働でもおかしくないのに、逆に給金を払う領主とか我ながら良い代官だと思っている。


 吉田家や清原家に仲の良い国人領主や身内の奉公衆ほうこうしゅうにも手伝ってもらっている。

 今年はかなり大量のメープルシロップを確保することができそうだ。

 饅頭屋宗二まんじゅうやそうじ殿もこれなら1年中もみじ饅頭をつくることができる量だと大喜びである。

 もみじ饅頭以外にもメープルシロップをメープルシュガーとして多方面に活用できそうな雰囲気である。


 また、メープルシロップ以外にもさらなる金儲けは考えていた。

 角倉すみのくら吉田家と協力して酒の増産のために新たな酒蔵を造っていたりする。

 場所は良い水を求めて清水寺の傍に土地を買って酒蔵を建てた。

 清水寺というだけあって吉田村よりやはり水が良いのだ。

 洛南の伏見も水が良いので有名なのだがやはり少し遠いので清水寺にした。

 清水寺に拠点を設けたのは別の理由もあるのだが、それは後のことになる。


 清水寺の酒蔵ではすでに酒の寒造かんづくりをスタートさせている。

 吉田神社での酒造りは大量生産用で、こちらでは高級酒を主に造ることを考えている。

 新しく作った酒蔵は除菌しまくってから、南都の僧坊酒の坊さんから金の力で酒母しゅぼをかっぱらってきて、酒造りのも元になる酵母菌こうぼきんにした。


 酵母菌の知識がないこの時代では、酒造りは造ってみないと美味い酒ができるかどうか分からない状態でやっていたりする。

 うちはそんな博打みたいなことはしない。

 細菌を管理して良い酵母菌から美味い酒しか造りません。


 さらに厳選した米を使い、それを精米しまくって贅沢にも現代での大吟醸だいぎんじょうレベルにまで持っていった。

 麹米こうじまい掛米かけまい両方に白米を使う諸白もろはくの技法もむろん使っている。

 絹での濾過ろか活性炭濾過かっせいたんろか、火入れと最新技法をこれでもかとふんだんにぶちこんで高級酒を造っている。

 多分現代でも通用するレベルだな。


 少数生産の最高級清酒でこっちは「清水きよみずの神酒」とでも名付けて高値で売りつけてくれよう。

 こんな酒を飲んだらもう安い酒なんて飲めないレベルの美味い酒を造ってしまった。

 バブリーな方々に売っていきましょう。

 あとは贈答品としての用途かな。

 上杉謙信とかにあげたらすぐに上洛してくれるような気がする。

(まだ長尾家の家督もついでいません)


 酒造りのついでではないが精米の時に出る米ぬかと、酒の醸造でできる酒粕さけかすを使って保存食もつくっている。

 米ぬかは玄米の表面を覆っているもので白米に精米する時にできる。

 酒粕は日本酒の仕込みが終わった後にもろみしぼった時にできるものである。


 渡辺道喜わたなべどうき殿や角倉吉田家に糠漬ぬかづけや粕漬かすづけの生産を依頼した。

 漬物はこの時代普通にあるのでそこまで儲からないのだが、保存食になるので、貯蔵してもらいながら売ってもらっている。

 いざ篭城のおりには大量の漬物を城へ持ち込むことができるように手配しているのである。


 酒粕は日本酒の副産物なのだが栄養満点で健康にもよい。

 粕漬けでも酒粕は使うのだが、せっかくなので甘酒も造ることにした。

 実は甘酒は2種類あったりする。

 酒粕から作る甘酒と、米麹こめこうじから作る甘酒である。


 甘酒は夏場の健康飲料として江戸時代にも歩き売りが流行ったりしている。

 現代でも健康ブームで「飲む点滴」といわれ、スーパーなどでも普通に売られるようになり甘酒が人気になっている。

 だが、残念ながら江戸時代に飲まれたり、現代で人気を集めたりしている甘酒は、米麹から作る方の甘酒であったりする。


 はっきりいって麹の甘酒の方が砂糖も不要なので健康的だし美味いと思う。

 甘酒が苦手という人は麹甘酒の方を飲んでみよう。

 酒粕の甘酒とは違ってアルコールも入って無いのでまったく別物です。

 佐渡島の天領杯で売っている甘酒とかマジで美味いです。


 だが今回は酒粕の方の甘酒である。

 酒粕の利用なのでしょうがない。

 だが酒粕からつくる甘酒も捨てたものではない。

 栄養価としては酒粕の甘酒の方が上だったりする。

 ビタミンが多く含まれるので美容効果が高いとされる。

 

 うん、美容効果があるのなら義藤さまに飲ませよう。

 どうせなら美肌でいて欲しいからな。

 さっそく出来た甘酒を慈照寺の義藤さまに持っていくことにする。


 ◆


「これはなんだ?」


「甘酒という飲み物です」


「酒? わしは酒を呑まないぞ」


「これは酒という名前ですが、飲んでも酔っ払ったりはしません。加熱してアルコール分を飛ばしておりますので、大丈夫ですよ。贅沢にメープルシュガーも入れてますのでとても甘い飲み物になっております。栄養価が高く特に美容にも良いものですので、飲めば美人や巨乳になれるかもしれません」


「あるこーる? とは良く分からぬが甘い飲み物なら、ま、まあ飲んでもよいかな……」


 美人と巨乳というフレーズに敏感に反応していた義藤さまだが、ここは気づかないふりをするのが正解であろう。


 ゴクゴク。

 何か嬉しそうに飲んでおる。


「うむ、甘くて美味しいのう♪ も、もう一杯じゃ」


「はっ」


 そして数刻後……


「だーからお主はダメなんじゃぁ。おい聞いておるのか藤孝ぁ? 女子おなごの胸ばかり、いーつも見ておってからに、そんなにが良いのかぁ? お主はエロエロかぁ! うひゃひゃひゃ。うむ。お主にはエロエロ将軍の称号を授けて進ぜよう。いや将軍はわしじゃったな、きゃははは。ヒック」


 ……甘酒でここまで酔っ払う人、初めて見たぞ。アルコールは飛ばしたはずなのだがなぁ。


「義藤さま、そ、そろそろ甘酒は控えましょうか、いくら健康によい飲み物でもあまり飲みすぎると毒になりますゆえ」


「なんじゃとー。お主はわしに命令するつもりかぁ? わしは将軍だぞー、とっても偉いんだぞー。将軍様の命令じゃ! 藤孝、もう一杯じゃ」


 甘酒で豪快に酔っ払う征夷大将軍なんて俺は嫌だ。


「はいはい、これで最後ですからね」


「なんじゃとぉー! お主はわしがにならなくても良いというのかぁ? ヒック」


「私は別にだけが好きなわけではありませんが……」


「嘘ばかり申すな! この前だっての白拍子を食い入るように見ておったではないか、ああん? ヒック」


「巨乳もも私はこよなく大好きなので、別に巨乳だけを好んでいるわけではありませぬが」(なぜに歴史小説でこんなセリフがあるのだ?)


「お主はいつもちちばかり見ておるではないか。このめが。いいからもう一杯よこすのじゃ」


「別に女子は胸だけではありませぬ。から太ももにかけてのこそが至高だと思っておりますゆえ」(だから歴史小説だよなコレ)


「じゃあ、わしのはどうじゃ? 今見せるからそこでまっておれ、ヒック」とか言って脱ぎだそうとする義藤さま。


「なんと?」マジですかい。もちろん止める気なんてまったくないぞ。


 しゅるり……袴の帯をほどく音がする。俺はそっと生唾なまつばを飲み込んだ。


「ぐー」


 ……って、そこで寝るんかーい! 俺のこの期待に満ち溢れた気持ちはドコに持っていけばよいのだー。


 しょうがないので、夜着を義藤さまにそっと掛けて退室した。

 外にいた新二郎を捕まえて無理やり素振りにつき合わせて発散する。

 たまには剣の稽古も良いだろう。

 でもまあ面白かったからまた甘酒を作って持って来よう。

 願わくは義藤さまに今日の記憶がないことを祈るだけである。


 ◆


 最近バブリーな吉田家の屋敷の一室で、一つの灯明の明かりだけを光源に薄暗い中、若い男が二人で真剣に向き合って話しを始めた。


「この前の件だが頼みがある」


 猿楽興行の件で公方様の上覧じょうらんに口を利いてあげたので、従兄弟の吉田兼見くんにマジメなお願いをしている。


「なんだ? 巨乳の白拍子しらびょうしならやらないぞ。あの子の踊りは客の入りが非常によいのだ。うちの神楽舞の主役をはれる逸材だからな」


「巨乳の白拍子はたしかに魅力的だが、残念ながら別の話だ」


「そうか、何だかしらんが正月の興行からあの白拍子を嫁にくれと奉公衆がちょくちょく来て困っているのだ」


「それはすまん。奉公衆にはそれとなく言っておく。だが、俺の頼みは巨乳じゃないから」


「そうか巨乳には興味がないのか。それで一体なんの頼みだ?」(巨乳に興味がないわけではないが、いいかげん巨乳はもうよい)


「うむ。甲斐かい武田信玄たけだしんげんはもちろん知っているな?」


「いや、まったく知らん。誰だそいつは?」


「あ、はい。ごめんなさい甲斐守護の武田大膳大夫だいぜんのたいぶ晴信はるのぶ殿でした」(信玄は1559年から)


「なんだ武田大膳大夫殿ならもちろん知っている。さきの左大臣三条家の娘が正室として嫁いでいるな」


「うむ。その武田晴信なのだが、歩き巫女みこを使って各地の情報を集めているという話があったりする」(俗説だけどな)


「歩き巫女ねえ。あれは遊女か詐欺師の類だぞ」


「まあ、それはそうなのだが。神職や巫女であれば他国に出入りしたり、関を通るのが容易いたやすのは事実であろう?」


「まあそうだな。うち(吉田神社)も各地の神社とはよしみを通じているので、文のやり取りや使者のやり取りは多いな。うちに神道の奥義や国学を教えて欲しいという依頼は各地から来るからな」


「うん、そこで頼みがあるのだ。吉田家の持つ全国各地の神社との繋がりを借りたいのだ。各地の神社に依頼してその国、その土地の情報を提供して貰えないだろうか?」


「そんなことはできない。各地の神社だってその土地の有力者には気を使っているのだぞ。間諜かんちょうのような真似をしてくれるはずがないであろう」


「別に守護や国人の深い機密を探って欲しいというわけではない。どこぞで戦や争いがあって危ないだの。どこぞの国人領主に姫が生まれて目出度めでたいいだの。守護が城を築いたので地鎮祭の作法を教えて欲しいなどと、文のやりとりの中にさりげなくその土地の報せを入れてくれるだけでよいのだ」


 現代で歴史が趣味であった俺ではあるがさすがに全ての出来事は覚えていない。

 だが何かしらの情報で手がかりとなればそこから歴史上の出来事を思い出すことができるはずなのだ。

 詳報でなくてもよい。

 何かしらの情報があれば歴史を知っているだけに有利に物事が運べるはずだ。


「うーん。それをやって我が吉田家には危険をおかす価値があるのか? 危ない橋をわたることになるのだぞ」


「見返りが無いわけでは無い。まずはそうして得た報せは俺から公方様へ、吉田家の助力で得たものだと伝えることになるな」


「公方様に伝えるのか?」


「得た報せは吟味して、有用なものを公方様に伝えることになるだろう」


「ふむ……」


「別に俺の手柄にするわけではない。しっかりと吉田家の献身は伝えさせてもらう。それに掛かるついえもこっちで持つぞ」


「費え?」


「各地の神社への謝礼の品などだな。もみじ饅頭や吉田の神酒、清水の神酒などを俺持ちで出そう。有力な報せをくれる神社などには返礼の品を送ればさらなる繋がりが持てよう。そういった返礼に掛かかる費えを俺の金で出させて貰おう。掛かる銭が俺持ちで各地の神社に対して、謝礼の品を送ることが出来、吉田家と各地の神社の誼が篤くできるのであれば、吉田家にとっても損はないだろう?」


「まあ確かにそうではあるが」


「各地の報せを伝えることで吉田家が公方様に貢献できれば、公方様の覚えもめでたくなろう。いずれは各地の神社の申次を吉田家にとお願いすることも可能になるのではないかな? 今すぐには無理ではあろうが、いずれ大御所様から実権が公方様に移るのは間違いが無い。公方様に今から貢献することは決して損にはならないはずだ」


 実際、江戸時代に吉田家は江戸幕府からなかば公認で、地方の神職の位階や服装などの免状や許可を与える権限を認められていたりする。

 室町幕府において同じようなことをやってもよいと思っている。


「そんなに簡単にいくものなのか?」


「ふむ。ならば今すぐ公方様の神道の師としてお主を任命してもよい」


「それが可能であるのか?」


「実は公方様の国学や漢学、儒学、神道、法学に書道の師などを選ぼうと思っていたところだ。公方様は最近各方面に勉強熱心であるからな。それに大御所様の神道の師はお主の父の兼右叔父ではないか。公方様の神道の師としては兼見より適任者などは居ないと思っている」


「お主が公方様に口を利いてくれるということか?」


「正直、明日にでもお主を新しい神道の先生です。と公方様に紹介することすら可能であるぞ。俺からの推薦であれば、おそらく公方様は断ることはない」


「まじかいな」


「あともう一つ考えているものがある。これを見て貰えるか?」


「これはなんだ?」


「これは神棚かみだなと名付けた。お主のところの宮大工に試しに作らせたものだ」(むろん現代の神棚のパクリです)


「……神棚?」


「慈照寺にも八幡宮の社はあるが、これはそれとは別物だな。屋敷内にまつり、屋敷を守護するものとしようか。これを吉田家からの献上品として公方様に献じようと思っている。武家の棟梁たる公方様がこの神棚をまつるとしたらどうなると思う?」


「いずれは武家がならってマネをすることになるであろうな……」


「うむ。武家の習いとして、この神棚におふだを入れて城や屋敷を守護するものとする。武運長久ぶうんちょうきゅうを願うものとして、武家の日頃の嗜みとするのだよ。そしてお札は3枚入れることになるのだが、それは土地の神のお札。一族の氏神うじがみのお札。そしてこれが大事なことだが、中央に納めるお札はとする。そして神棚の作法などは吉田家が決めて公方様に教えればよい。時間はかかるかもしれないが、公方様が神棚を奉ることを始めれば、お主の言ではないが、いずれは武家全体に広まるだろう。武家のあとに町衆に広めてもよいと思っている。角倉吉田家や渡辺道喜殿、茶屋明延に饅頭屋宗二殿、京の町衆の有力者に協力を頼めば流行らせることなど容易であろう」


「その神棚をつかさどるのが、我が吉田家ということになれば……」


「吉田家の格はあがるし、いずれは間違いなく儲かるぞ」


 ここまで話を進めたら、兼見くんから熱い抱擁を貰ってしまった。


「さすがは与一郎だ。さすがは俺の心の友だ。我が吉田家はお主に、公方様に今後全面協力をするぞ。まずは情報収集だったな。むろん任せてくれ。さっさと親父のケツを蹴り上げて、全国に使者を出そう。多少の危ない橋も渡ってみせよう」心の友というかお前は従兄弟だ。


「おう。まずは神学の師としての推薦と、神棚を献上するため謁見してもらうから準備をしておいてくれ。神棚の件は友好的な神社とも話をまとめておいてくれると助かる」


「任せてくれ。その試作の神棚は借りてもよいか?」


「ああ、叔父上と神棚の詳細をつめておいてくれ」


 神棚が普及したのは江戸時代後期であると言われている。

 お伊勢参いせまいりが江戸時代に大流行して、そのお札(現代の神宮大麻じんぐうたいま)を納めるために普及したもので、実は神棚の歴史は結構浅かったりする。

 それを室町時代から吉田神社で始めてしまおうというのである。

 しかも幕府や京の有力商家がグルになって率先して導入して流行らせようというのだ。

 だいたい宗教というものは儲かるものなのだが、現代の神社でどれだけお札が儲かっているか考えてみるとよい。

 あまり大きな声では言えないがな。


 だがこれは別に金儲けのためだけではない。真の目的は「仏教」に対抗するためである。

 吉田神社の格を上げることにより、ひいては「神道」の格を上げることを考えているのである。


 どこかの織田信長さんではないが、室町幕府を再興するというか、勢力を拡大しようとするならば、「仏教」とは必ずどこかでぶつからなければならない。

 この時代は仏教勢力を黙らせないとどうにもならない時代なのである。


 吉田家の唯一神道は、明治期の悪名高い「廃仏毀釈はいぶつきしゃく」思想ではない。

 その先に繋がる日本という国を滅ぼしかねなかった「国家神道こっかしんとう」でもない。

 仏教ともあるていど融合している実に親和的なものである。

 この時代は「春日神社と興福寺」や「延暦寺と日枝神社」のようには神仏習合しんぶつしゅうごう思想で神社と寺が融合している。

 その中で寺(仏)が優位で神社(神)が従の「本地垂迹説ほんじすいじゃくせつ」の思想がこの時代では大勢を占めている。

 吉田家が掲げた「唯一神道ゆいいつしんとう」は広義的には「はん本地垂迹説ほんじすいじゃくせつ」であり、それは神が優位で仏が従の思想なのである。


 吉田家の唯一神道であれば、過激な廃仏毀釈にはつながらないし、「神」が「仏」の上にくる「反本地垂迹説」なため、仏教勢力を抑える名目にも都合が良かったりする。

 吉田家自体は「神祇しんぎ管領長上かんれいちょうじょう」なる嘘の役職を称するなど、ウソとハッタリのどうしようもない家ではあるのだが、「唯一神道」と「反本地垂迹説」は仏教勢力を抑えるときに利用させていただこう。


 ◆


 吉田兼見を連れて公方様に会いに行く前に俺もお土産を作っていこうと思う。

 ちなみに今回は食べ物ではない。

 小出石村で「トキ」などを狩りまくっていたことを覚えているだろうか?

 お肉は美味しく頂くか燻製になっておりますが、実は羽根や羽毛を大量に確保してあったりする。

 その羽根と羽毛を使ってあるものを作り、最近ヒキコモリ好きな公方様にプレゼントを作ろうと思っているのだ。


 ということで、小出石村から羽根や羽毛を大量に持って来させた。

 羽根は一応液体石鹸で洗ってから乾かしているので匂いも少なく清潔なものだ。

 それを持たせた斎藤利三さいとうとしみつをお供に下京の茶屋明延ちゃやあきのぶを訪ねる。


「これは兵部大輔ひょうぶだゆう様毎度ありがとうございます。今日はどういった御用でありますか?」


「実はあるものを作って頂きたくてお願いにまいりました。利三アレを……」


「これは、鳥の羽根でございますかな?」


「はい。これで蒲団ふとんをつくっていただきたいのです」


「蒲団……でありますか?」


 ここでいう蒲団とは「掛け布団」のことである。

 実はこの時代掛け布団がない。

 庶民などは日中に着ていたものを掛けて寝ていた。

 身分が高いものは夜着蒲団や「かいまき」といわれる寝る時専用の大きめな上着を掛けて寝ている。


 日本では綿花の栽培が各地でほそぼそと始まったばかりで、綿布の国産化はまだ普及していない。

 この時代綿布めんぷは主に朝鮮から輸入していた。

 だが朝鮮が綿布の輸出に規制をかけはじめたため、倭寇による明の綿布の輸入が増え始めている。


 この1547年の「言継卿記ときつぐきょうき」には、山科言継が西国みやげに唐木綿とうもめんを貰って喜んでいることを記していたりする。

 公家が土産に貰って喜ぶほど綿布は高級品であり、綿布団を作ることなどは正直まだ厳しかったりするのだ。


 いずれは綿花の栽培も始めるつもりではあるが、今はてっとり早く掛け布団が欲しいのである。

 今の敷布団、掛け布団の形式が普及するのは江戸時代の吉原よしわらなどの遊郭ゆうかくだったりする。

 戦国時代では敷布団が畳で掛け布団が夜着なら良いほうで、板の間に何もかけずに寝るのが普通だったりする。


 現代での羽毛布団は水鳥のガチョウやアヒルの羽根ではなく羽毛(ダウン)を使っているものが高級品となる。

 羽毛は羽根とは違って、水鳥の胴体の胸の部分の毛のことである。

 羽毛は羽根とはちがって羽軸(芯)がないので柔らかいのだ。

 だが羽毛は少量しか取れないので今のところは羽根布団で諦める。


 ガチョウやアヒルも室町時代の日本に既にいたりする。

 一応買い集めは始めており小出石村に送ってはいるのだが、数が全然足りない。

 羽毛布団の方がよいと贅沢は言えないので狩りまくったトキやキジなどの羽根で、羽根布団をとりあえずは作るわけだ。

 なるべく小さめの羽根を選んで布団用にする。

 大きめの羽は堅いので布団には向かない。

 こっちは矢の材料にまわすことにした。


 茶屋傘下の作業場で、掛け布団を急ぎ作ってもらう。現代の掛け布団のように形は長方形でいく。

 表面の生地は公方様用なので、これまた贅沢であるが絹でいく。

 絹(シルク)も綿布同様ほとんどが明からの輸入である。

 絹も既に国産は始まっているのだが品質がまだ全然悪い。

 国産の絹は江戸時代に改良されるまではろくなものがない状況である。


 全て手作業なのでめちゃくちゃ手間が掛かっている。

 中身の羽毛の偏りをなくすキルティングなどもやってもらった。

 この時代に絹の羽根布団とか、恐ろしいほど贅沢品だな。

 売り物にするには高級品になり過ぎるため贈答品にしかならないだろう。


 無理をいって(金の力で)超特急で羽根布団を作ってもらった。

 日本での羽根布団なんて明治か大正までは無いはずだから、これは時代を先取りまくった贅沢極まる一品である。

 ちなみに羽根布団自体は西洋ではバイキングが使っていたりする事例がある。

 いずれはダウンジャケットも作りたいとか思っていたりするのだが、なかなか難しい話である。


 なんで公方様のお土産にわざわざ贅沢極まりない羽根布団を作ったかというと、美女には夜着などと思っただけである。

 見た目は褞袍(どてら)みたいなものだからな。

 やはり美女が姿は白い布団に横たわる姿だとは思わないかね? (完全なる個人の感想です)あとはまあアレです。

 最近義藤さまの目が冷たいから、プレゼントでもすれば少しは許してくれないかなぁとか思っているのです。

 いい加減奥さんの目を気にせずゴルフ(領地経営です)に行きたいのである。

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