黒刀煌めく夜
蕾々虎々
プロローグ
ザザッ、ズバッ、ザシュ。
夜の帳に包まれた深夜の学校に、生々しく物騒な物音が鳴り響く。
「くそっ」
現実にはおよそあり得ない、色味の一切存在しない漆黒の月。光量があるとも思えないそれに照らされた、薄黒い靄のかかった学舎と校庭。
その中心辺りから、まだ若々しく成熟しきっていない少年であろう声が聴こえてくる。声のした辺りに目をやると、短髪黒髪、高校生であろう学生服を着こんだ少年の姿があった。
こんな不気味な光景に包まれた深夜の学校で何をしているのか。その少年は、不気味な闇夜に溶けるような純黒のナイフを手に、人の皮を被った獣、と言わざるを得ない悍ましい何かと戦っていた。
その少年から目を離し辺りを見渡すと、確認出来た人影がもう二つ。
「あと少し……っ」
一人は、膝まで届きそうな漆黒の髪を靡かせ舞を舞っているような洗練された身のこなしをしている、雅と言う言葉が似合いそうな黒髪の少女。常識としてはおかしくても、ある意味その外見と釣り合った日本刀を手に先程のものとは別の悍ましい何かと戦っていた。
「頑張って!!!」
そしてもう一人。二人を結んだ線分の丁度ど真ん中に位置する辺りにもう一人の少女がいた。そちらの少女は絢爛と言わんばかりの鮮やかで華美な金髪を二つに結わえ、後方から目まぐるしく向きを変えながら矢を飛ばし、他の二人を援護しているようだ。
「はっ!」
黒髪の少女がここ!とばかりに気合を発し、上段に構えた刀が一際鋭く美しく振り下ろされ、対面していた悍ましい何かを上段から流れるように両断した。
「グオオォォォォッ……」
真っ二つに切り裂かれたそれは断末魔の呻き声をあげ、砂埃をあげながらそのまま地面へ崩れ落ちる。数秒後の後その身体は端から溶けるように崩れていき、薄黒い靄の中へと溶け込むように消えていった。
一方、黒髪の少年は幾度も繰り返したのと同じように悍ましい何かへと接近し、その勢いのままナイフを突き刺す。刺された方は僅かにビクンとその身を震わせるが、それもお構いなしとナイフを腹に刺したままその丸太のような右腕を大きく振りかぶる。
その拳が恐るべき勢いでもって少年の顔へ一直線に繰り出されるが、少年はというと落ち着いていた。相手の行動がまるで分かっていたかのように殴りかかってきた手に突き立てると、拳が迫るのと同じ速度で後方に大きく跳躍。そして地面から足が離れている状態でその隆起した足へナイフを投げつけ、相手の出足を遅らせる。
先程ナイフを投げたばかりのはずなのに、掌中には既に新しいナイフが握られていた。まるで手品でも見せられているかのようだ。
「グアアァァァァァァッッ!!!」
何ヵ所もナイフを突き刺された何かは轟々とした叫び声をあげ、愚直にも真正面から猛然と突進してきた。少年も示し合わせていたかのように相手へと勢い良く踏み込み、その頭部へとナイフを突き入れる。
ズシャァァァァッ。
突き刺さったナイフを引き抜くと、その頭部に縦に伸びた穴から大量の黒い液体が吹き出す。それを見届けた少年がナイフを抱えた手を下ろし、気を緩めたその瞬間、
「ウオオオオオオオォォォォォォォォォォォォン!!!!!」
耳を劈くように猛々しく鳴り響く凄まじい咆哮と共に、その身体から赤い光が溢れ出した。
「っ!」
気を緩めていた少年が後方への退避を図ろうと後ろに重心を傾けた瞬間、溢れていた光が爆発的にその光度を増し、直後爆発とも言える衝撃を辺りに撒き散らした。
ドガアアアアアアアァァァァァァァァァァァァン!!!!!
「翔流っ!」
一面に立ち込める煙と砂埃が混じったヴェールを見つめ、金髪の少女は激しい焦燥に駆られた様子で声を上げた。
やがてその残滓は闇夜へと流れ、徐々に辺りが鮮明になっていく。
「ぁ……っ」
鮮明になった視界に映っていたのは所々服が焼け焦げ穴が空いている少年。そして、その肩を支えるように隣に立つ黒髪の少女の姿だった。
「いてててっ」
黒髪の少女に肩を貸してもらいながら歩を進め金髪の少女の前まで来ると、少年は苦痛の声を上げながら腰から落ちるように地面に座り込んだ。
「大丈夫っ!?」
金髪の少女はそう言うとすぐさま少年の傍らへ屈み込み、その身体を丹念に調べていく。
「大丈夫……みたいね」
少年の服は所々に焦げ跡が浮かんでおりボロボロになっていたものの、その下の身体にはいくつかの軽い擦り傷がある程度だった。少女は安堵の溜息をを漏らしながら、ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとな」
少年は少女の顔を真っすぐ見ながらそう言うと、痛む部位を庇うようにして慎重に立ち上がった。
「雪乃もありがとな」
黒髪の少女の方へ向き直り礼を言う少年。その言葉に対し黒髪の少女の方は
「別に大したことじゃないわよ。あんたの尻拭いなんていつもの事じゃない」
とだけ言うと、用は済んだとばかりに二人を置いて校門の方へさっさと歩いていってしまった。
「おい、待てよー」
そう言いながら少年もその後を追って走り出す。
「ちょっと、置いて行かないでよ!」
置き去りされた金髪少女も、慌てて追いかけて前を行く二人の隣へと並び歩く。
立ち去る三人。その激闘の跡はいつの間にか立ち消えており、月明かりを浴びて寂しく佇む殺風景な校庭が空虚に君臨するのみであった。
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