ごめんなさい

 「ごめんなさい」


 心から零れ落ちるように漏れ出たその言葉。震えていなかったことが奇跡だと思う。

 だって、こんなにも目頭が熱くて。心臓が飛び跳ねるようにバクバク音を立て。彼女から見えないギリギリの位置に添えた両手はこの凍えるような寒気の中にあっても汗にまみれ、もう自分の思うように動かせない程震えているというのに。

 でも、見栄を張れたのはそこが限界だった。

 涙腺が決壊する。その直前に一瞬だけ彼女の表情が見えた、気がした。驚きとそれを超える悲しみ。そんな表情。それが何を意味しているのか、今の私にはもう分からなかった。


 「ごめん、なさい……っ!」


 何を口にしていいのか分からず、震える声で同じ言葉を口にしていた。もう、何に対する謝罪なのかも分からない。

 頭の中はグチャグチャで、今どこにいるだとか何をしているかだとか、そんなことすら分からなかった。そのせいで、胸の中にずっと抱え込んでいた膨大な感情の渦が溢れ出すのを止めてくれる、理性という名のせきが切れてしまった。


 「たのしくって、ごめんなさい……っ」

 「いっしょにいたくて、ごめんなさい……っ」

 「あいたくなって

  こえをききたくなって

  ふれたくなって

  ごめんなさい……っ!」


 ずっと思っていて、言えなかったこと。心から直接汲み出した、素直になれない私の本心。

 それを吐き出し続けても、溢れ出す感情は収まってはくれなかった。

 そして、最後に残っていたのは心の最深部。格好付けて。勇気が無くて。本心を晒け出すのが怖くて。

 何より、恥ずかしくて。


 蓋をして鎖を巻いて施錠して。厳重に押し込めていた、一番言いたくても言えなかった言葉が、漏れてしまった。


 「あなたを、すきで、ごめんなさい……っ!」

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