第4話後編.決められた運命に逆らって - 5

 ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。

 美癸恋町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。

 道端には駐車されたままの自動車が数台。新商品やセール中を知らせる幟も見える。

 しかし、ここには街しかない。人がいない。

 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。

 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちをした妹の影だ。

 ここねは状況を理解した。

 この紅い月の夜では呪いの影響を受けることはないのか、身体は自由に動く。

「……つきね」

 ここねにはすぐに妹の狙いが分かった。しかし、心は落ち着かない。胸の鼓動は速くなる。

 今まで通りに仲良くやれると思っていたのは、ここねだけなのだろうか。

 不安の芽が大きくなっていく。

「理由……教えてよ? じゃないと分かんない」

「呪いを一人で長く持ちすぎていると、やっぱりダメだよ」

「……何かの本とかにそう書いてあったの?」

 つきねは小さく首を横に振った。

「でも、おねーちゃんだって気づいてるでしょ。このままじゃ良くないって」

 つきねは真摯にここねの顔を見ている。誤魔化せないと思ったここねは「かもね」と短く返した。

 ここねが距離を一気に詰めてくる。

「だから、返してもらうの」

 つきねの鋭い一撃がここねを襲う。間一髪で防ぐが、腕がじんわり痺れる。

「…………つぅ」

 ここねが部屋にこもっている間に格闘技でも教わったのかと疑いを抱くほどだ。普段の大人しくて温厚な妹とは同一人物とは思えない。それだけに、つきねの本気がうかがえる。

「それだけじゃ……何の解決にもなんないじゃん」

「おねーちゃんが元気になる。そうしたら二人で解決策を探せる」

 それが呪いをここねから奪う口実なのか、本心なのか判断ができない。

「……頼りないおねーちゃんで、ごめんね」

 答えながら、ここねは「紅い月の夜」を終わらせる方法はないかと考えていた。

 妹を助けるために、受け入れ高熱も痛みも我慢してきたのに、今になってつきねに呪いが戻るなんて許せるものではない。奪おうとするつきねではなく、奪われるという醜態を演じるここね自身が許せない。

 ここねが呪いを奪われたら、この奇妙な異空間はいつものように閉じるだろう。

(それじゃ……意味ない。やっぱり気絶とか?)

 気を失わせるような衝撃を妹に与えることに躊躇はあった。しかし、その時——つきねの瞳に翠玉色をした幽かな光が灯る。生唾を飲み込み、ここねの本能が警戒度をグッと引き上げる。

「悪いのは呪いだよ。だから——」

「呪いのせいなら、なんでこんなことしてんだろうね?」

 激しい動きの中、ここねたちは家のリビングで過ごす時のような調子で、言葉を投げかける。叫ぶことなく、震わすことなく。

 傷つけるのは嫌だと思いながら、傷つけている相手を守りたいがために一撃一撃を加速させる。

 身体能力が向上する紅い月の下であっても、徐々にここねの息は上がっていく。

「はぁはぁ……別の理由、あるんでしょ?」

 ここねは直感を口にした。一瞬つきねの動きが鈍る。

「……あるよ」

 僅かに掠れたつきねの声。

「でも、それも呪いのせいだと思うから」

 呪いのせい——そう言われると、ここねは自分の弱さを思い出さずにはいられなかった。

 希望をひと時でも諦めてはいけなかったのだ。

(私は死んでもいいなんて——)

 それが妹を不安にさせたモノの正体だ。

「聞いて、つきね。もう大丈夫だから」

 言い訳っぽく聞こえるかもしれない。そうだとしても今は言わないといけなかった。

「そっか。なら安心だ」

 つきねが柔らかく微笑む。

 淡い光を灯したつきねの瞳は、幻想的で見惚れてしまいそうになる。

 その刹那、ここねの身体に激しい衝撃が走った。

 視界が乱れる。

(ズルいよ……笑顔になったり、そんな顔したり)

 最後に微かに見えたのは、すまなそうに眉を下げたつきねの表情だった。

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