第1話後編.はじめの一歩。そして一足先に - 9

 つきねはその手を見つめる。

 手を取らずに断ることだって、つきねにはできた。そもそも生徒でもない人間がステージに立つこと自体、校則違反なのだから。つきねが「やっぱり無理だよ」と、そう言うこともできた。

 けれど――

 つきねは、躊躇いながらも、ここねの手を取った。

「本当に……おねーちゃんは強引だよ。うまくできなくても、知らないからね」

「大丈夫、絶対に成功するよ。私が保証する」

 ここねの言葉を聞くと、つきねはステージに立つことへの恐怖感が、少しだけ和らいだ。

 おねーちゃんの言葉には不思議な力があるよねと、つきねはそう思った。

「カラオケの時、何回もデュエットにしようって言ってきたからなんか変だなーって思ってた。つきねの練習だったんだね」

 ここねは少しだけバツが悪そうに頷いた。


「ばっちり似合ってる! 可愛い可愛い、つきね最高!」

「ほ……本当?」

 本来ならば数か月後――入試に合格した後に着る音咲高校の制服に、つきねは身を包んだ。まねの制服なので少しサイズが合っていないが、ここねの言葉に嘘はない。

 現在、ここねとつきねは体育館の緞帳の内側で待機している。

 時間が来たら音楽は伴奏代わりにCDがかかるように、まねに頼んである。

「歌うのは二曲だけだから。思いっきり楽しもう!」

「うん」

 頷いたつきねの瞳に不安の色は薄いが、緊張しているのは隣にいるだけでここねにも伝わってくる。

 開演時間が来て、ゆっくりと緞帳が上がった。

 ステージの縁の向こうには、大勢の音咲高校の生徒がいる。数百人はいるだろう。生徒たちの多くは、ステージ上に立つここねとつきねに注目している。

 つきねはこれほど多くの人から、注目されたことがない。

 さっきまで少しだけ和らいでいた緊張と恐怖が、再びつきねを呑み込んでいく。脚が震える。息がうまくできない。

(あれ……? つきねは……なんでここにいるんだっけ……?)

 つきねの思考が混乱する。目の前にはスタンドマイク。歌う? こんなに大勢の人の前で? 怖い。怖い。怖い。怖い。そんなことできるわけがない。

 脚が震えて力が入らなくなって、つきねはその場に座り込もうとした。

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