幕間1
宛先:お母さん
題名:活動日誌/一日目
本文:
予定通り、お母さんが頼りにしていた人の所にお世話になります。
その人は今、探偵をしています。
探偵だけあって中々に鋭い指摘が返ってくるので、対話機能向上に事欠きません。
今日の会話の中で何度も指摘を受けました。
曰く、私の課題は『空気を読めること』だそうです。
初めて入浴も経験しました。人間は新陳代謝で汗をはじめとする老廃物を体外に排出します。一日の締めくくりに全身の汚れを洗い落とし、疲れを癒すのだと。
知識はありましたが、私は代謝機能のないガイノイドです。これまでは体表を清拭して済ませていたので、これは良い経験でした。
ただ、シャワーの使い方は検索で理解できても、身体の洗い方までは解りません。探偵さんに協力を要請しましたが、全力で拒否されました。何故でしょう?
私の義体は標準的な十代後半女性をモデルに造られていますが、当然ながら生殖器は備わっていません。疑似性器もない仕様のため、性的興奮を催すこともない筈ですが、探偵さんに「年頃の娘は恥じらいを持つのが普通でモラルだ」と言われては仕方ありません。普通の人間らしい人間になることが私の目標ですから。
結局、初回のみ、バスルームと脱衣所を隔てるドア越しに身体の洗い方を教えるという形で、探偵さんには妥協して貰いました。
※排熱の関係上、湯船に浸かる時間は最大二分を厳守。
全身の水気を拭き取り、衣服を着用してリビングに戻ると、探偵さんがソファーにぐったりと座っていました。
どうしてそこまで消耗しているのか理解できませんでしたが、感謝と労いの言葉を掛けました。すると「風呂はもう一人で入れるよな?」と訊いてきたので肯定すると、どこか安心したような表情をしました。何故でしょう?
充電場所……もとい、就寝場所は探偵さんが今まで使っていた寝床を譲ってくれました。立地的に窓の外からの監視や狙撃もされにくい安全な位置取りで、枕元にはコンセントがあって至れり尽くせりです。
初めて会った時から、探偵さんは何かと私に気を遣ってくれています。私が間違えたらしっかり
備考:今現在、私自身の充電以外にガラパゴス携帯――通称ガラケーと呼ばれる旧規格の携帯電話も充電しながらこの報告書を書いています。探偵さんは護衛中の依頼人との連絡は、このガラケーでやり取りするようにしています。誰でも使っている今の端末に比べ、ハッキングやウィルスに強く、簡単な連絡だけならガラケーの方が安全なのだそうです。
それにしても、指を動かし、キーボタンを押して、メールを打つというのは非常に手間です。この利便性の差異がジェネレーションギャップというものでしょうか? このガラケー一つとっても、現在の技術の進歩、時代の流れが否応にも理解できました。
初日だけで私のアップデートがだいぶ進みました。
明日の私は、また人間に近づくのでしょうか?
***
安藤美優が二階の自室に入ったのを確認したクロガネはキッチンに移動し、ポケットからジッポライターを取り出した。
喫煙者ではないが、あると意外に便利なため持ち歩いている。
慣れた手つきで火を点け、例の手紙を下から炙る。
柑橘系の爽やかな香りに、焼け焦げる臭いが混じり合ってキッチンに漂う。
「今時、炙り出しとはね」
レモンなどの柑橘類の果汁を吸った筆で紙に文字を書く。
果汁は無色透明のため、乾けば筆跡が紙に残らない。残るのは爽やかな香りだけだ。
そして火で炙れば、果汁が紙よりも早く焦げ付いて文字が浮かび上がる。
ゆえに、『炙り出し』。
コンピューターが発達する以前の創作物に度々使用され、現代から見れば子供だましな古典的技法と捉えがちであるが――
「機械相手には、かなり有効だ」
基本的に嗅覚と味覚はアンドロイド/ガイノイドを含む全ての
安藤美優も例外ではなく、彼女の母親が書いた手紙には娘にも知られたくないメッセージが隠されてあるようだ。
炙り出しにより、隠れた文字が浮かび上がる。
「…………」
クロガネの顔つきが険しくなる。
浮かび上がった文字は、わずか五文字。
『
それは、手紙の差出人――安藤美優を開発した女性の名前だった。
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