現代百物語 第22話 トンネル
河野章
第1話 道行きは
「霊がさ」
藤崎柊輔がうきうきとした声で谷本新也(アラヤ)に話しかけた。
秋も深まり、周囲の人々はコート姿だった。
いつものガード下、一杯飲み屋で2人は語らっていた。
「聞きたくないですけど……何ですか」
新也は答えた。
「珍しく物分りが良いな」
藤崎が楽しそうに笑う。手には熱燗の盃。
「嫌と言っても語るでしょう」
新也は先輩でもある藤崎へ溜息とともに返し、乾杯した。
「まあ、語るな。……霊が出るっていうトンネルがあるんだ」
「はあ……」
「✕✕にダムがあるだろ。あそこをずっと上がっていって、1車線しかなくなった先に古い洞穴みたいなトンネルがあるらしい」
「……聞いたことは、ありますね」
で、と藤崎はニッと笑った。
「そこで取材だ。お前も来いよ」
そうして、作家である藤崎の取材にいつものとおり新也も同行させられることになった。
行きの運転は藤崎になった。
しかしトンネルへは、行くまでの道程がまず不気味だった。
街中から住宅街へ、さらに山へと入る上下一車線ずつの山道に入ると、30分ほどでダムが見えてくる。ダムの周囲は紅葉で美しかったが、ダム自体は昔村が沈んだと噂されるそれで、古く黒ずんでいつ使われたとも知れぬ程苔生していた。
その前を素通りし、しばらくすると落石や滑落注意の看板、鹿や狸注意の道路標識が出てくる。どれもが黒ずみ、こびりついた落ち葉などで表面は劣化していた。
車の往来も人通りもない。
ひっそりとそのトンネルはあった。
ほぼ山頂付近に掘られた、中を覗き込めばかすかに反対側の出入り口が見通せる長さだ。
入り口付近は赤いレンガで覆われ、そのレンガの隙間から雑にコンクリートで固めた跡が見えた。
トンネルの弧の一番上にはトンネルの名前が額に彫られていたが、薄汚れていて読めなかった。
「ここですか……」
「ここだな」
2人は車を端に寄せ、降りた。
新也は嫌な予感がした。ゾクゾクした寒気が止まらないのは気候のせいだけではないだろう。
お誂え向きに夕暮れのトンネル周辺には霧も出てきて、ひんやりと新也たちの頬や足元を撫でていく。
「ここからは……?」
「歩いて、戻ってくる予定だ」
堂々と、藤崎は宣言した。やはり何も感じていないらしい。
「っ……」
その言葉に、新也はひやりと背中を撫でられるような感触を味わう。何かが見えるというわけではない。ただ不気味だった。
「行くぞ」
藤崎が懐中電灯を手に先へ一歩踏み出した。
「待ってください」
新也は急いでその背中を追いかけた。
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