36.宣戦

吹きさらしになっていた、街の塀。

大量のモンスターに襲われればすぐに侵入を許してしまっていました。

防衛線を張ろうとすると、冒険者を全方位に配置する他なく、戦線が薄くなってしまいます。


それが、なんということでしょう。

あんなに頼りなかった塀の外側には、匠の手によって巨大な城壁が出来上がっていました。

これでもうモンスターに襲われても簡単には侵入されないでしょう。出入口も限定されているので、戦線を張るにも場所を絞ることが可能です。


「さあ、クレト、行くぞ」

「本当に私じゃなくては駄目なんですか? 街の長である貴方の方が適任なのではないですか?」

「いいや、予言をしたのはお前だし、お前の方がいいのじゃ。わしでは説得力に欠ける」


と、出来上がった防衛壁を見て、ビフォーア〇ターごっこをしていると、舞台裏に村長(アラン)さんがクレト様を引き摺って現れた。何やら小声で言い争っているが、そろそろ素直に出て行った方がいいと思いますよ。


朝起きるといきなり出来上がっていた壁に、街の人々はざわめいていた。

もう明日に刻限が迫っている。とうとう街の人たちにも話さなければならないときが来ていた。

『街の外の壁』に関わる告知がある、という通達が街に届けられてから、中央通りの広場には街中の人々が集まっていた。

 広場の真ん中に、俺が岩を隆起させてつくったステージがある。そのステージの横に舞台裏として軽く小屋も立ててあるわけだが、その小屋の中からカーテンをめくってチラリと広場を見ると「何事だ!」やら「まだ出てこないのか」やら声が上がり始めている。そろそろ出ないと、暴徒と化してしまうのではないかという雰囲気だ。



「クレト様」


カーテンを戻しながら振り返ると、クレト様が諦めたような表情になっていた。


「わかりましたよ。私がやるしか、ないんでしょう……」

「クレト様、貴方の美しさがあればどんな困難でも乗り越えられます」


 不安そうな表情になるクレト様の手を握る。美しさは正義。


「おい、マコト。か、彼女の前でほかの男を口説くんじゃない」


 と、ファナさんにその手をぱしっと外される。


「いや口説いているわけじゃなくてですね」

「おい、おぬしら、いちゃつくのは後にせい。気が抜けるわ」

「「いちゃついてません(ない)!」」


 とんでもないことを言いだした村長に、思わず二人して叫ぶ。


「ふふ……」


 すると、どうだろう。クレト様が微笑(わら)った。はうっ! 美しい!


「気が抜けました。良かったです。では、行ってまいります」

「はいぃ! いってらっしゃいませ!」


 クレト様を「はわわ」となりながら見送ると、なぜかファナさんにジト目で見られていた。……仕方ないじゃない。日本人は美しいものと可愛いものに弱いんですよ。


 ステージに上がったクレト様は民衆の視線を一身に集めていた。

 正面を向いて佇むクレト様の姿にざわめいていた広場が自然と静まっていく。やっぱり、街のみなさんもクレト様の神々しさは感じているみたいだ。けろっとしてるファナさんとか、村長さんとかが珍しい部類なんじゃないかな。

 しかし、村長の言う通り、暴徒一歩手前になりそうな情報を明かすなら、これ以上ない適任だな。

 会場が静まり返ったところで、クレト様がこちらの方を見てきた。ステージ裏に一緒にいる村長さんが頷いて、呪文を唱える。村長さんは『大声(ラウド)』という、話す人の声を大きく拡声する、なんとも施政者向けの魔法を使えるのだ。

 『大声(ラウド)』がクレト様にかかったところで、クレト様の息を吸う音が聞こえた。


「辺境の街に住まう皆さま、おはようございます。私(わたくし)は中央の教会で神父をしております、クレトと申します。起床しますと急に街の外に壁が現れたことですから、皆さま非常に驚かれたと思います。しかし、いたずらに壁をつくったわけではないのです。――実は、先日(せんじつ)啓示がありました。明日(あす)『朔の日』が到来するのです」


 クレト様の言葉に、広場がまたざわめき始めた。

 顔を青くする人、空を見上げる人。不思議そうにあたりを見回している人は、おそらく前回の『朔の日』の時には辺境にいなかった人なのだろう。


「しかし!」


 だんだんに事態を把握した人々によって、悲鳴が上げられ、場がパニックになりそうになったところで、クレト様が叫んだ。


「大丈夫です、安心してください! 皆さまにも見える通り、街を囲う防壁を作りました。そして、これに合わせ……」


 クレト様からのアイコンタクトに頷き、俺は『無限収納』から取り出した大量の岩を使って、念動力で空を覆う、樹を練り上げる。造り上げた防壁の上から生やす。

 太い枝から細い枝を生やし、他方の枝と枝を絡めていく。そうやって街全体を覆い終えた頃、広場はシンと静寂に満ちていた。


「空まで完璧な防御をいたします。冒険者の方たちも、わざわざ辺境の地にやってくる冒険者ですから勇ましく凄まじい戦闘力をお持ちだ、その方たちが街を守ってくださいます。そして、私も、精一杯それを支えましょう」


 ――ですから、皆様もどうか、ご協力をお願いします。

 そう、クレト様が言う前に、広場は沸き立った。いつも見る、露店のおじさんは「俺がこの街を盛り上げてやるって地元を出てきたんだ! 美味しい食事で盛り上げてやるぜ!」と叫んだ。役人らしきおじさんは「この街こそが人類の希望だと、中央から出てきたのです!」と拳を握った。

 恐怖から、パニックが起こるかと思っていたが、街の人は思っていたより更にアグレッシブだった。非常にやる気に満ち溢れている。中央の街にも居られるというのに、辺境の地にわざわざやってきた人たちが多いようだからかな? 反骨精神というのか、そういうのに溢れているのだろう。


 そんな広場の様子を見て、クレト様が嬉しそうに微笑んだ。その微笑みにすぐに広場に静寂が訪れる。

 効果は抜群だ。――やっぱアレ、もはや特殊能力だよね?


「私たちのこの街を、守り抜きましょう!」


 クレト様の堂々とした宣言に、老若男女が雄たけびを上げた。

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