16.ちゃんと採取をする採取依頼

 その日、ギルドに衝撃が走った。

 なんとあのファナが男連れでギルドにやってきたのだ。7年連続で「辺境の地支店冒険者ギルド 非モテ冒険者ランキング1位」の座を守り切り、干物ゴリラと呼ばれるあの女冒険者ファナが男連れでやってきたのである。

 ファナといえば、冒険者をはじめたほんの一瞬はちやほやされていた。何と言っても冒険者には女性が非常に少ないため、普通にしていればびっくりするくらいモテるのだ。

 しかし彼女がギルドに馴染んでいくにつれ、その人気は影を潜めはじめた。

 なんというか、ギルドに馴染んではいるのだが、馴染みすぎていたのだ。

 言葉遣いは荒いし、大剣を振り回しているし、家事はいっさいできないし、好きな食べ物は肉だ。それに、瞬く間に「辺境の地支店ギルド」の冒険者の中でも一番の戦闘力を持つに至った。もう冒険者たちにはファナを女性だとは思えなかった。

 そして、冒険者というだけで街の一般人には嫌厭される。

 ファナはもう何年も男ひでりとして過ごしていた。


 そんな状況での、唐突な男連れである。ギルドに走った衝撃といえば相当なものだった。


「ファナが、ファナが男連れで来たぞーー!!!」


 だからそんな風に冒険者のひとりが叫んでしまうのも無理はないことなのだ。


「ファナが!?」

「喪女の!? 筋肉女がか!」

「あの干物ゴリラが!?」

「非モテ冒険者ランキングぶっちぎりの!?」


 そうやって騒いでしまうことも無理もないことなのだった。

 しかし、冒険者たちはその後に当然続くだろう展開には気が付いていなかった。


「てめえら、黙って言わせておけば、好き勝手言いやがって!」


 ぶちぎれたファナによりぼっこぼこにされたのである。

 ぼこられた冒険者たちが濡れ雑巾のようにギルドの一角に積み上げられている。彼らは心の中で思っていた。――あんな大男どもをいとも簡単にぼこぼこにしている様子を見られちゃ、連れてきた男にも振られるだろう、と。

 しかし、そんな彼らの期待に反して、ファナの連れてきた男はポツリと呟いていた。


「……こんなに美人なのに……皆さん、見る目ないんですかね……」


 冒険者たちは絶望した。――あかん、女の趣味めちゃくちゃおかしいやつだった。


 こうしてマコトは冒険者たちによって、「女の趣味の悪い男」として印象付けられた。その後の試験で何もできんやつとも思われたが、新人冒険者なら致し方ない部分もある。だから、それ以上に「女の趣味悪い男」という印象の方が強かったのである。



 ◆


 そのファナとマコトが冒険者が次の日もやってきたというので、ギルドのなかではひそかに注目を集めていた。昨日のように騒いでしまってはまたファナにぼこられるので、サイレントな盛り上がり方である。

 しかし、確かに注目を集めていたので、昨日ギルドにいなかったメンツもファナとマコトの存在に気が付いていた。

 エルフの弓使いアイレもその一人だ。

 ファナが男連れというのも正直驚きだったが、その後の受付のやり取りも衝撃だった。何もないところから大量のアプルルを取り出して納品していたのだ。


(これは美味しい食べ物の気配……)


 アイレは、美味しい食べ物をいっぱい食べることを目的に冒険者になった。そのなかでも辺境にしか生えていない、フルーツたちは魅力的なものだった。しかし、辺境の中でもさらに難易度の高い地域にしか生えていないアプルルをあんなに大量に持ってくるのは難しく、しかもあれは貴重な霊薬の材料になるので、人の口にはそうそう回らない代物だ。

 それをあんな簡単に、大量に持っているなんて……!


(どんな秘密をもっているのか。あわよくば食べたい……)


 アイレは得意の気配を消す術で、彼らのようすを時々探ることにした。



◆マコト視点に戻る



 いとも簡単に銀貨を1000枚手に入れた俺だったが、無限収納先生とは言えども入っているアプルルは有限である。また取りに行こうと思っても俺一人では絶対あの「防衛拠点」まで戻れないので、アプルルを納品するだけの生活は成り立たない。アプルル納品以外の稼ぎ方を確立できなければ俺はまたファナさんのすねをかじるだけの無能に成り下がってしまう。

 そんなわけで俺はファナさん付き添いのもと、順当に行う「採取依頼」に向かうことになった。常時張り出されている採取依頼はアプルル以外にも何個かあるということで、それを教えてもらえることになったのだ。


「手始めにはマンゴーオレンジだな。これなら草原に生えているから比較的安全に採取できる」


 街を歩きながらファナさんが言った。


「それはどんな植物なんですか?」

「どんなと言われてもな……オレンジ色のぶつぶつとした皮に包まれた柔らかいオレンジ色の甘い果実だ。まあ、食べてみればわかる」

「木に生えているんですか?」

「そうそう。木に生えてる」


 名前とファナさんの説明から想像するに、オレンジの皮に包まれたマンゴーと言ったところだろうか。美味しそうだな。

 それにしても俺は何の防具もつけていないが、大丈夫なのだろうか。冒険者ギルドでもほとんどの人は防具をつけていた。ファナさんも胸元と腕には革の防具を装備している。

 ちょうど街の商店街のようなところを通りがかったので不安になって、ファナさんに尋ねる。


「あの、俺は防具とか装備しなくて大丈夫なんでしょうか?」


 するとファナさんは非常に微妙な表情となっている。


「……言いづらいんだが、お前の戦闘力的に直接対峙することになったときはすなわち死だと思う。なので、下手に重い装備を身に着けるより、お前は逃げた方がいい」

「……ですね。俺も森にいたときは逃げるか、穴を掘って隠れるかをしていましたし」


 ファナさんの微妙な表情の理由が分かった。俺はそれほどまでに弱かったらしい。

 しかしながらその合理的な選択は俺も取っていたものであり、ファナさんにバカにする気がなかったのもあって、あまり傷付くこともなかった。あっさりと流してそう発言したところファナさんが眉を上げてこちらを見ていた。


「手で穴を掘るのか? そんな悠長なことをしていたらその間にモンスターに食われてしまうだろう。マコトは土魔法も使えないようだし」

「土魔法とやらは使えないんですが、俺には『念動力』があるのでそれを使えばすぐに土くらい動かせますよ」

「ネンドウリキ?」


 ファナさんが首を傾げた。

 どうやら念動力はあまり知られた技能ではないらしい。


「ちょっとここだとやりにくいので、草原に出てからお見せしますね」

「お、おお、そうだな。出たらすぐよろしく。パーティーを組む以上、戦力の把握は必須だからな」


 さすがに人の行きかう商店街でものを浮かしていたらびっくりされるだろうし、人にぶつかりそうだ。道に念動力で穴をあけるとか、悪質な罠でしかないし。

 ファナさんも納得してくれたので、そのまま歩き出す。

 門番さんに新しく作った冒険者ギルドカードを渡して、変な器具にタッチする。あれで入退出を管理しているらしい。一定時間帰ってこないとギルドに情報が行き、他の街でも記録が確認されないとなると、仮死亡登録というものがされ、その後3年間音沙汰がないと、死亡確認となって、財産が遺言通りに分配されるらしい。

 街から出る冒険者や商人たちも流れ作業的に同じような動作をしていた。まるで駅の自動改札機とICカードみたいだなと思った。


 街を出てすぐは結構冒険者や商人がまばらにいたが、10分も歩くと人は周りに全然いなくなった。はるか遠く街の方面に人は見えるが、豆粒みたいに小さいので誰なのかはわからないくらいの距離だ。


「よし、このへんでいいだろう」

「はい、わかりました。では」


 ファナさんの合図で、予定通り念動力で土を動かす。最初の頃は死ぬほど遅かった念動力での土の操作も結構慣れてくると早く動く。と言っても攻撃に活用できるほどは早くなく、ナマケモノの歩行速度くらいだったのが、ナマケモノをエスカレーターに乗せたくらいになったくらいだ。

 でも手作業なんかより圧倒的に広い体積を一気に動かせるし、余裕でモンスターからは逃げられる。

 この方法で逃げたのははじめの一回のみだし、汚れるからあんまりやりたくないけど。

 草原に人一人よりちょっと広いくらいの穴をあけながら、ステージ下に下がっていく役者のごとく、俺は土のなかに埋まっていった。堀った分の土は『無限収納』先生にしまっていく。しまっちゃおうね。

 2メートルくらい掘り進めたところで、頭上の穴を狭めて巨大蜘蛛やら蟻が入って来れないようにギュッと固める。


「おー! すごいじゃないか!!」


 ファナさんの声が上の方から、小さく聞こえる。穴が小さいので、音が遮られるのだ。

 上からドンドンと土を踏みしめる音やザンザンという何かが斬られる音が聞こえてくる。ファナさんが上で俺の作った土穴シェルターの性能を確かめているのだろう。

 しばらくして十分に俺の能力が伝わっただろうというところで、早々に俺は突如としてステージ上に現れるアイドルのごとく勢いよく地上に戻った。

 スタッと地面に着地して、ファナさんを見る。


「どうでしょうか?」

「うん、これなら安心して連れ回せるな」


 いい笑顔のファナさんから帰ってきたのは、なんだか不穏な一言だった。

 でもはじけるような笑顔のファナさんは顔がよすぎて、俺は何も言えなかった。


 ◆



 そんな一幕はあったものの、気を取り直して採取依頼に向かう。

 目的地は俺がこの世界に生まれ出た出生地である、「辺境の森」だそうだ。すぐに戻ることになるとは、なんだか複雑な気分だが、ファナさんがいれば街には確実に戻れるので安心して臨む。

 とはいえ、俺にとって防衛拠点内ではない「森」というのは鬼門であるので緊張はする。

 その緊張感はばっちりファナさんに伝わってしまっていたらしい。


「マコト、そんなに硬くならなくても大丈夫だ。マンゴーオレンジがあるのは、ごく浅いところだし、そのあたりはモンスターも弱い。私なら瞬殺できるから、安心して進むといい」


 ファナさんに微笑まれて「ほえー」となる。気遣いのできる、イケメンや。

 そんな風に言われたら、完全にリラックスするとまではいかないまでも幾分か落ち着いて、あたりに気を配れるくらいになった。

 確かに俺のいた深い森というよりは、近所のハイキングコースというくらいの清々しい明るい森だ。木の密集度が低い。

 すんすんと匂いを嗅ぐと、土の匂いが強い。俺のいたあたりはコケの匂いも強く感じたので、そのあたりも違う。

 そうやってしばらく歩いていると、甘そうないい匂いがしてきた。マンゴーっぽい匂いだ。

 思わずファナさんをみると、こちらを見ていたファナさんと目が合った。


「わかったか。この匂いがマンゴーオレンジの匂いだ」

「いい匂いです。美味しそうですね」


 匂いのする方向に歩いていくと、ブロッコリーを大きくしたような木が生えており、その幹に近い方の枝に大量にマンゴーのような形をしたオレンジのようなものがっていた。たわわだ。


「あれがマンゴーオレンジですね」

「ああ。そうだ。匂いに引き寄せられて、稀にアリや蝶なんかがくるが、この浅い森だからそう頻繁でもない。だから、そこまで慎重にはならずとも収穫が可能だ。しかも収穫しても一日ですべて復活するという謎生態なもんだから冒険者に重宝されている」

「はい、了解です」


 収穫と言えば念動力である。

 収穫してもすぐ生えてくるとか異世界生態怖すぎるが、それなら心置きなく収穫できる。そういえば防衛拠点からアプルルを収穫していたときもすぐ復活していたような気がする。

 俺は見えている範囲のマンゴーオレンジを念動力で引き寄せ、片っ端から無限収納に突っこんでいく。簡単な作業である。ちょっと見づらいので、生えている葉っぱも収穫していく。あたりに数本生えていたマンゴーオレンジは数分でハゲた木になった。


「完了です。次の収穫地に行きましょう!」


 達成感でつやつやする俺。


「マコト……昨夕から思っていたがお前、採取依頼が天職だよ!」


 一方でファナさんも目を輝かせてくれていた。

 俺もそう思います。

 そんなわけで調子に乗った俺たちはいろいろな採取地に向かい、マンゴーオレンジを採取しまくるという作業を繰り返した。

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