14.はじめてのクエスト

 宿の入口の木製の扉を入るとすぐに受付があった。受付の右側がレストランになっているようで、もうすでにお酒が入ったような喧騒が聞こえてきた。

受付には誰もいないかったので、カウンターの上に置いてあるベルをファナさんが鳴らした。


「はいはーい! ……あら、ファナちゃん、おかえり。はい、202号室の鍵よ」


 奥から出てきたおばさ……何だか背筋が寒くなったような気がする……ザ・女将さんという感じの女性がファナさんに鍵を渡した。ファナさんがそれを受け取ったところで、ようやくファナさんの後ろにいる俺に、女将さんは気が付いたようだ。


「あら、後ろのお兄さ……」

「今日から私が面倒をみることになった新米冒険者だ。シングルの最低ランクの部屋を一室追加で借りれるか?」


 ここまで散々からかわれてきたからだろう。学習したファナさんは女将さんの発言にかぶせるように食い気味で事情説明をした。説明も何度目かになるので、スムーズだ。


「ごめんなさいね、ファナちゃん。今日はもう満室なのよ」

「え? 満室?」


 ファナさんが呆然と呟いた。


「ええ。何でも辺境の地の商品をまとめて輸入するとかで、商隊のみなさんがいらして。一気に満室なのよ」

「……これはまさかすぎるぞ。どうしようか……」


 ぶつぶつとファナさんは悩みだした。どうしよう。

 見知らぬ土地で親切にしてくれた人と別れて行動するのはちょっと怖いけど、それ以上にこの人の良い命の恩人を困らせている状況も申しわけない。


「あの、この近くに別の宿はないんですか? 最悪野宿でも大丈夫です」

「はぁあ……お前……何も知らないんだなぁ……不安だ、不安すぎる……」


 気遣って発言してみたところ心底、呆れられてしまった。しまいにはファナさんは「あちゃー」というように片手をおでこに当てて唸ってしまった。

 別の宿でも、まあ早朝から宿前に待機していればファナさんとは合流できるだろうし、野宿だろうと草原のどこかに穴を掘って寝てればいいだろうと思ったのだが……。

 首を傾げると、見かねた女将さんが説明してくれた。まず、こんな辺境の地に宿屋は何個もないらしい。そして草原は昼間は安全だが、夜はアンデッドやら巨大な怪物やらが大量発生することで有名なスポットらしく、普通そんな命知らずはいないとのことだった。

 ……俺、めちゃくちゃ世間知らずの人じゃん。

 道理で世間知らずのお坊ちゃまを見たみたいな反応をされるわけだ。

 しかし、そうなってくると俺は今夜の宿をどうしたらいいのか。こういう時、宿にはぐれた旅人たちはどうするのだろう。

 思わずすがるような視線をファナさんに向けたところ、ファナさんは頭を掻きむしって、唸っているところだった。


「……あー! ……お前をひとり放っておくのは不安だから、私の部屋にくればいい」


 そして、吹っ切れたように叫んだ挙句のこのセリフ。

 ――ヤダ、イケメン。

 俺の胸はトゥンクと高鳴った。

 そんなこんなでファナさんの現在借りている部屋に居候させてもらうことになった。





 コンドミニアムタイプなのだというファナさんの部屋にたどり着いて、俺はファナさんがあれだけ俺を部屋に入れるか入れまいか悩んでいた一因を直感的に思い知った。

――めちゃくちゃ汚い。

 扉を開けた瞬間に目に飛び込んできたのは、空き巣に入られたのかな? と思うくらい荒れ果てた部屋だった。ファナさんが若干恥ずかしそうにしつつも、焦った様子を見せないところを見るに、空き巣に入られたわけではないらしいことが分かる。


「幻滅したよな……私は家事がからきしでな。片付けようとするとものを壊すし、掃除をしようとすると火事になるしで、家住まいをやめて、一週間に一度は清掃に入ってくれる宿暮らしをはじめたんだ……」


 部屋に入ってから一言も話さない俺を見て、ファナさんがしょぼくれている。

 衝撃がまさって、何も言えなかったが、悲しそうにしているファナさんを見るとこころが 痛む。まぁ、自分は住みたかないけど、汚部屋のアイドルとか結構TVに出ていたしね。ファナさんが家事ができないとか、不器用な感じがかわいいとすら思えます。


「……いえ、驚きはしましたが、人は誰しも得手不得手があるのです。むしろファナさんにも苦手なことがあって、安心しました。この分野では俺が活躍できそうですね」


 冒険者向けの能力ゼロの俺としては、むしろ目指せ主夫業では?

 意気込んで返答すると、ファナさんが潤んだ目でこちらを見ていた。


「そ、そんなことを言ってくれる男にははじめて会った。男は皆、家事ができない女とはなんだとか女じゃないとか干物だとか、あいつらだって家事なんてできないくせに! 俺より強そうな女はゴリラとしか思えないだとか、しまいには干物ゴリラとか意味わからないことを言ってくるし……ううぅ……」


 そうとう色々言われてきたんだろう。そして、鬱憤うっぷんがたまっていたのだろうな。ファナさんは話し始めると止まらなかった。俺はうんうん相槌を打つしかない。

聞いていると、冒険者の男どもにしろ、街の男にしろ、所謂「昭和」的な価値感を持っているというか、無駄に高い男のプライドでマウントとっててカッコ悪い。

 しまいにはポロポロ泣き出してしまったファナさんの頭を撫でながら、思った。

 男だからとか女だからとか以前に、人には得手不得手があるし、人の得意をねたんでそれをネタに不当な悪口を言うのも、苦手をあげつらって馬鹿にするのも、人として最悪だな、と。仲がいい同士でいじりあうならまだしも、ファナさんは傷ついているしな。


「……はじめて会った時から、俺にとってファナさんは命の恩人で、美しい優しい女性(ひと)であることは、変わりようがないですよ」

「ま、まことぉお! お前はいい男だなぁ!」


 おいおい泣くファナさんをよしよししながら、あたりを見回す。かっこつけたことを言ってみたが、俺たちは荒れた部屋のなかに居り、なんだか恰好が付かない。

 明日ははじめての依頼を受けるぞ! とか意気込んでいたが、それより前に今日はこれからやらねばいけないクエストがある。

 お部屋の片づけ……である……。

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