Oxalis Frower(オキザリスの花)

nahatovall

第1話 はじめまして①

「はっはーっ!! てめぇにもう打つ手はねーんだよーっ!!」


 ああ、苦しい・・・。


 心臓は破れそうな程、高鳴っている。


 全身に巡る酸素が不足し、呼吸が浅く早い。


 身体の放射熱を抑えるため、吹き出るような汗が雨に打たれているかの様に流れ落ちる。


 心配そうに此方を見つめる美少女。


 もう逃げ場がない・・・。握り拳を作り、覚悟を決める。


 目の前にいる狂気に満ちた表情を浮かべる男を前に、美少女を庇う様に立った俺は、意を決して一歩前へでた。


 すると・・・。


「おいっ! そこで何をしているっ!?」


 男の向こうから別の人物が現れた。その人は紺色の制服に身を包んでおり、普段はあまり関わりたくないが、トラブルの際はとても助けになる人物。


「チッ!!警察かよっ! てめぇ、ぜってーに許さねぇから覚えていろよッ」


 三流の悪役の様にその場を立ち去った男。それに合わせる様に、今の景色がフェードアウトする様に消えた。








 小鳥の鳴き声が、覚醒し始めた意識をより加速させる。薄っすらと目を開ければ、閉めたカーテンの隙間から入り込む光が、キラキラと輝いている様に見えた。実際には、綺麗なものではなく、単に空気中に漂う埃なのだが・・・。


「ああ、何時ものアレか・・・」


 鮮明に覚えている夢。しかも、かなりリアリティーのあるそれは、稀に見せる特別な夢だ。


 誰かが危険に晒される。しかも、それが自分に関わる出来事や身近な出来事、知り合いなど内容は様々。全く赤の他人で、遠方だとそういう人物が危険に晒される事になっても夢を見る事はない。


 そして、この特別な夢を見ると、必ずその出来事が近い将来起こる。


 俺は、この夢の事を予知夢と呼んでいるが、他の人が聞けば正夢じゃん!?と言うと思う。まあ、予知夢と正夢は、同じニュアンスではあるが、若干異なる。予知夢は、これから起こるかも知れない未来を予め知る内容を夢で見る事。正夢は、夢で見た内容が、そのまま若しくは、それに近い出来事があった時に言う。


「最近、見てなかったのになー」


 ベッドの上で頭を掻きながら呟く。眠たそうな目をしたまま、ゆっくりとベッドから出て、時間を確認した。


「7時か。二度寝したいところだけど、今日は日直だから、早めに登校しないとな」


 予知夢を見る事が出来る少年、朝倉庸介。今年で17歳になる高校二年生。都会で田舎でもない中間ぐらいの規模の街に住み、県内でも平均より少し上の高校に在籍している。成績は、同学年で、30位以内に入るほど。まあ、決して誇れる順位でもないが・・・。


 庸介は、ベッドから起き上がると、カーテンを開け、ついでに窓も開ける。少し肌寒い空気が、温もった部屋に入り込んだ。


「さて、準備するかな」


 着替えを終えた庸介は、二階から一階へと移動し、和室にある仏壇に向かった。


「おじいちゃん、おはよう。水、替えてくるね」


 仏壇には、四年前に他界した祖父が楽しそうな表情を浮かべた遺影写真が飾られている。両親はと言うと一年前に海外へ赴任しており、後数年は戻らないらしい。何かの研究で忙しい様だ。


 つまり、この家にいるのは、俺一人と言うことになる。


 仏壇の水を取り替えると台所にある惣菜パンを手に鞄を持ち、家を出た。


 現在の時間は7時30分を少し過ぎたところ。学校までは徒歩通学だが20分あれば到着する。8時に着いたとしても早いくらいの時間ではあるが、道中何があるかわからない。


「それにしてもあの子は誰だったんだろうか?」


 今朝見た夢を思い返しながら、出来事を一つ一つ確認する。


 あれは近いうちに起こる未来。内容を把握していれば対策の打ちようは、いくらでもある。


 綺麗な黒髪の美少女。学校で、あれほどの美少女ともなれば、知らないはずはない。でも庸介は彼女の顔を知らなかった。


 身長は恐らく160cm前後だろう。対して追い詰めてきた男は、自分よりも少しだけ身長が高かった様に思うから180cmぐらいではないだろうか・・・。


 俺自身は、176cmと平均より気持ち高い程度。180cmもあれば威圧的にも感じられるのに、あの様な表情を見せていては、更に危険度が高い。男の方も見たことがないから、高校生ではないのだろう。それと、この周辺に住んでいる人物でもない様に思えた。


「学校で誠(まこと)に聞いてみるか。あいつ顔が広いから何か知っているかもしれないし」


 誠とは、庸介の友人の一人で、幼稚園の時から一緒にいる腐れ縁でもある。彼の良いところなのか悪いところなのか、判断に悩むが、彼は女性の情報は大抵入手している。それらしい情報から人物特定が行えるかもしれない。


 ゆっくり歩いて登校していたこともあり、8時ちょっと前に到着した。


「おはよう。今日は早いね?」


 靴を履き替えていると、後ろから元気良く挨拶をしてくるクラスメイト。


「倉科さん、おはよう。そっちは朝練?」


 倉科朱莉(くらしなあかり)。陸上部のエースである彼女は、明るく何時も笑顔を絶やさないクラスの人気者。いや、クラスだけではなく同学年や先輩後輩からも親しまれている。茶系の黒のショートボブが、少し男の子の様に見える。顔立ちは整っており、綺麗系と言うよりも可愛い系なので、想いを寄せている男子高校生も少なくはない。


 朝練だという事は彼女の姿を見て理解している。登校前に体操服姿でいるのは、部活の朝練か、登校中に服を汚してしまったかぐらいだが、後者はあまり考えられない。だから朝練だと判断したのだ。疑問形で聞いたのは、朝練の途中なのか、終わったのかと言う意味での疑問形。


「今終わったところだよ」


 結局、倉科さんとは少し話をして別れた。俺はこの後日直の仕事があるし、彼女は制服に着替えなくてはいけないからだ。


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