第18話 未来(エピローグ)

未来

 

 

2019/07/19

 

「やっと、終わったよ」

 

 俺は夕の墓の前で、ボソリと呟く。

 月に一回はここに来ている。

 来る度に俺はどうでもいい話を夕の墓に語りかける。

 だけど、今日の話はいつものとは違っていた。

 

「……夕、良い話と悪い話があるんだ」

 

 俺はネックレスのチェーンを指でなぞる。

 

「いつも良い話しか持ってこないようにしてたのに、ごめんな」

 

 俺は夕の墓に謝る。

 えっと、こういう時はどっちから先に言えばいいんだっけ。

 ……良い話をオチにしよう。

 その方が、気分が良い。

 だから、先に悪い話。

 

「夕のネックレス、帰ってくるのが大分遅くなりそうだ」

 

 そして、こっから先が良い話。

 

「でも、裁判終わったら、ネックレスはちゃんと返してもらえるって。やったな」

 

 俺は夕の墓に笑いかける。

 夕も、笑ってくれているだろうか。

 ……

 ……俺は志田を警察に通報した。

 解決した殺人犯の真犯人としてではなく、覚醒剤常習者として。

 それは家にクスリ置いてある現行犯だから、そう言えばすぐ来てくれると思ったし、嘘ではなかったからだ。

 そして、通報を受けた警察官に録音したデータを聞かせた。

 志田の殺人の自白を。

 そしたら、すぐに志田は殺人罪及び覚醒剤取締法の疑いで逮捕された。

 そして、そもそもの木野淳の嘘の自供だが、あれは『四人殺しても五人殺してもどっちにしろ死刑なら、一人でも殺しの実績を増やしたかった』という理由で、警察から言われたことを適当に頷いていただけ……ということが今回行われた追加の捜査でわかった。

 検察が志田を起訴するのはほぼ確定で、夕のネックレスは殺人の証拠品となるので、裁判が終わるまで帰ってこないらしい。

 夕のネックレスが帰ってくるのが楽しみだ。

 ……

 ――俺は志田を殺さなかった。

 殺したかったけど、殺さなかった。

 だって、俺にとって、夕との時間は大切な宝物だったから。

 ある日の夕とのお喋りを思い出す。

 幸せなあの時間を、思い出す。

 

 

『じゃあ、なんでお前は天国を望むんだ?』

 

 俺の質問に、夕は笑顔を浮かべたまま答える。

 

『私はまた会いたいんだ』

 

『会いたい?』

 

『うん』

 

 夕は大切な夢を語るかのように、言葉を紡ぐ。

 

『もし天国があったら、私がいつか死んだとき、輝明に会えるだろ』

 

『……』

 

『だから、私は天国に行けるよう、今一生懸命がんばれるんだ。輝明は良い子で、きっと天国に行ってるから、私も行けるようにしないと』

 

『……なるほどな』

 

 天国があれば、また愛する人に会うことができる。

 そんなこと考えたことも無かった。

 ――ああ、それは確かに

 

『良い考え方だな』

 

『だろ?生きる気力も湧いてくる』

 

『自殺は地獄行きだろうしな。一生懸命頑張ったら、愛する人に会えるってのは、中々素敵なことだと思うぞ』

 

 俺は同意する。

 ……ただこの考え方は一つ大きな穴がある。

 それは――

 

『別に辛くは無いさ』

 

 夕は俺の顔を見ただけで、俺が何を思ったかわかったようだ。

 

『輝明との想い出はちゃんと心に残っているから、大丈夫。ちゃんと私はやっていける』

 

 夕は下を向きながら、優しい微笑みを浮かべている。

 弟のことを思い出しているのだろう。

 

『それに』

 

『?』

 

 夕は柔らかい笑顔のまま、顔を俺の方へ向ける。

 

『ここまで一生懸命生きてきたから、君に会うことができた』

 

『……』

 

『君に会えて、本当に良かった』

 

 夕は嬉しそうに、幸せそうに言う。

 

『だから、私はこんな風に生きて良かったと思う』

 

『……そうか』

 

 俺は少し恥ずかしくなって、顔を夕から逸らす。

 だけど

 

『俺もお前と会えて良かった』

 

 生きていて良かったと思う。

 ……母さんが死んで、辛かったけど、それでもちゃんと生きてきた。

 だから、夕に会うことができた。

 そして、いつかは、別れた愛しい人とまた逢える。

 それは良い事のように俺は思えた。

 

 

「……俺はさ」

 

 夕の墓に微笑みかける。

 

「お前の事を愛してる」

 

 そんな事、お前も知っているだろうけど。

 俺は何度でも伝えたい。

 恥ずかしくて、言えなかった日もあるけれど。

 それが俺の心の、本当の叫びだから。

 

「だから、俺はお前にまた逢いたい」

 

 だから、志田を殺さなかった。

 だって、人を殺したら地獄行きだろう?

 そして、夕は良い奴だったから、絶対天国行きだ。

 

「俺にとっての一番の幸せはお前と一緒に居ることなんだよ」

 

 志田のゴミを殺したい。

 その憎しみで身が滅びそうだ。

 でも、二の次だ。

 夕と一緒に居れることに比べれば、そんなこと。

 

「頑張って、それこそ死ぬ気で頑張って、いつかそっちに行くから、悪いけど気長に待っていて欲しい」

 

 俺もその日を楽しみにしてるから。

 そしてまたお喋りをしよう。

 あの屋上でしていたような、くだらなくて、幸せな会話をしよう。

 ……

 

「……そろそろ行くよ」

 

 俺は自分の左手薬指にキスをする。

 正確にはそこにある指輪に。

 もうネックレスにぶら下げて、服の中で隠す必要は無い。

 俺は夕のもので、夕は俺のものだ。

 夕。

 お前の事が好きだった。

 俺はお前を愛している。

 そして、お前も俺を愛してくれる。

 俺と夕は愛し合っている。

 たとえこの身が滅びようと。

 滅びた先でも。

 永遠に愛する。

 でも、とりあえず今は

 

「……またな」

 

 俺は夕の墓に背を向ける。

 またいつか逢える日を楽しみにしながら。

 

 

 俺は大学側のアパートに帰るため、近くの駅までのんびりと歩く。

 夕の墓がある墓地は俺達が通っていた高校の近くだった。

 だから、この道をよく通った。

 夕と並んで通った道だ。

 そこをゆっくりと歩くと、向こうから制服を着ている二人組の少年と少女がこっちに向かっていた。

 その二人の声がここまで届く。

 

「なぁ、一ヶ月先の花火大会のこと知ってるか?」

 

「へぇ、そんなのあるんだ」

 

「……それ、一緒に見に行かないか?」

 

「良いよ。二人で見に行こう。きっと楽しいから」

 

「ああ、そうだな。楽しみだ」

 

 少年と少女は俺とすれ違って、どこかへ向かう。

 俺は振り返って、その二人を目で追う。

 その姿に俺は。

 ……

 ……………

 ……ああ、そういえば。

 

「もうそろそろ花火か……」

 

 俺は空を見上げながら、その場でボソリと呟く。

 

「……見に行くか」

 

 花火はきっと、綺麗だから。

 

 

 俺は止めてた歩みを再開する。

 真っ直ぐ、前へ。

 

 

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