第20話 焦り
「終わったわ、いろんな意味で」
期末テストが終わり、ヨロヨロとした足取りで圭吾が僕の席までやってきた。
その表情は明らかに燃え尽きている。
「お疲れ様…どうだった?」
分かりきったことだが一応聞いておく。報連相は大事である。
僕の言葉に圭吾はカッと目を見開いた。
「分かりきったこと聞くなよ親友。無理無理のかたつむりだわ。古文ってなんの役に立つんだよ。俺ら現代人だぜ?スマホがありゃそれでいいだろ」
そんなことを一気にまくし立ててくる。完全に駄目人間の答えだった。
きっと彼は受験のときにさぞかし苦労するに違いない。
「それは勉強できる人が言わないと説得力ないよ。そもそも幸子と勉強会したんじゃないの?」
「俺らの集中力がそんな続くと思うか?後半は一緒にゲームのレベル上げしてたわ。レベルも120超えたんだぜ?」
何故かドヤ顔してきた。普通に腹立つなその顔。
僕は半ば呆れていた。
「なら僕らと一緒に勉強すればよかったろ」
「いや、それは無理だろよ…今の健人は見てらんねーわ」
圭吾は視線を健人へと向けた。
今も綾乃の席に行き、綾乃に向けて感謝の言葉とともに、この後の予定について話しかけているようだった。
「昨日俺のとこにも連絡あったんだけどさ、テスト終わったらクラスの何人かで集まってカラオケでも行かないかって話あったんだよ。湊には俺から声かけようと思ってたんだけど、健人は既読スルーしてたから気になってたんだよな。さすがに堂々と綾乃ちゃんに声かけにいくとは思わなかったけど」
そう言いながら、圭吾は顔をしかめている。
周りにいるカースト上位グループの面々も、健人の勢いに戸惑っているようで、渚が場を諌めているように見える。
明らかに場の雰囲気は、悪い方へと流れ始めていた。
その様子を見て、圭吾はため息をつく。
「しゃーねーな。俺、ちょっと健人止めてくるわ。さすがに綾乃ちゃんがかわいそうだしな」
僕が止める間もなく圭吾が健人達に向かって歩き始めた。その背中を見て、僕は罪悪感を覚えてしまう。
…結局僕は、あの後健人に忠告することができなかった。
実際には直接的な言葉を避けつつ、やんわりと伝えはしたのだが、そんな言葉では今の健人には響かなかったらしい。
僕は友人から嫌われることを避けたのだ。
その結果、もう一人の友人に損な役割をさせてしまおうとしている。
本当なら、僕がやらなくてはいけないことだったのに。
そんな自分を情けなく思いつつ、僕も立ち上がり、圭吾の後に続いた。
既に圭吾は健人の肩をつかみ、話しかけている。
「おい、健人やめろって。綾乃ちゃんも迷惑がってるだろ」
「なんだよ圭吾。ちょっと彼女とこのあとの予定話してるだけじゃん」
肩を掴まれ、振り返った健人の顔は、不機嫌さを隠してもいなかった。
明らかに邪魔されたことを怒っている、そんな顔だ。
その顔を見て、圭吾は肩をすくめた。
「まぁ普段なら俺もこんなこと言わねーよ。でも今日はテスト終わったらみんなでカラオケ行くって話でてたじゃん。健人だってそのこと知ってたろ?」
「それは…」
健人は口ごもる。痛いところを突かれたことはわかっているのだろう。
その姿を見て、圭吾は畳み掛ける。
「今日は息抜きの日ってことでたまにはいいだろ?俺も付き合うしさ。綾乃ちゃんもそれでいいよね?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
「よし、じゃあ話もまとまったことだし、どこのカラオケいくか決めよっか!」
そう答える綾乃の顔はどこかほっとしていた。
そして嫌な流れを断ち切るように、渚が場をまとめにかかった。こういう時の機転の良さは流石だ。
それを受けて、クラス中に安堵の空気が流れ始める。
…良かった。本当に
僕は心から安心した。こういう雰囲気は苦手だったのだ。
中学の時によく味わっていた空気を、高校でまで体感したくはなかった。
――だけど
それを否定するかのように、健人が口を開いた。
「なんだよ…クラスでどっか行くなんていつでもできるだろ。綾乃ちゃんと俺がいなくても、問題なんてないだろ。ほら、帰ろうぜ。綾乃ちゃん」
そう言って健人は綾乃の手を掴んだ。そのまま強引に立ち上がらせようとする。
「え、あっ」
「ちょっ、前原くんなにすんの!」
戸惑う綾乃に素早く渚が反応し、強引に割り込もうとする。
だが、体勢が悪かったのだろう。
そのまま渚は椅子を巻き込むように倒れこもうとしていた。
―――危ない
そう考える前に、僕の体は動いていた。咄嗟に渚を、周りの女子達のほうへ押し出した。
流れるように動いていく視界の端で、彼女達がクッションとなり、渚を受け止めてくれていた。
良かった、と僕が安堵した瞬間
ガンッという鈍い音が、教室に響いた
「―――あ」
一瞬の静寂のあと、誰かの小さな呟きが漏れた。それを皮切りに、止まった時間は動き出す。
「え、湊くん!ちょっと、大丈夫!」「おい、動かねーぞ!」「誰か先生呼んで来い!」「前原お前なにしてんだよ!」「湊!しっかりしろ!」
教室中に怒号が響き渡る。
それをどこか遠い世界の出来事のように感じながら、だんだん景色が薄れていく。
渚も綾乃もそこにいる。真っ青な顔で僕になにか呼びかけていた。
だけどその声は、今の僕には聞こえない。どんどん瞼が重くなってくる。
「みーくん、しっかり―――」
「みなと―――」
世界が色を失っていく中、僕は意識を手放した。
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