1:決着
嵐は一転し、夕暮れに傾きはじめた空が澄みわたる。
朝から続いた剣呑な雰囲気が、収まったせいもあるだろう。閉じこもっていた人々は戸口から飛び出しては、陽に染まる夕空を見上げていた。
大きな安堵を口々に交わすが、次第に、眉が寄せられ頬は不審に下がる。
彼らが指差すのは、上空からゆっくりと落ちてくる、一つの人影。
ほとんどの人間が正体を訝り、消えかけていた不可思議な嵐への恐怖を思い出しつつあった。
動揺する雑踏の中で、さざ波すらない穏やかな瞳を向ける者がいる。
メグ・ティングリドだ。
喜ばしくもあり、悲しくもある。
ないまぜになった胸のうちは、予期していた通りだ。眼差しに溶かして、落ちる彼を静かに見つめ続ける。
「あのバカは、いつまでああしているつもりなんだ」
彼女に並ぶ長躯の男は、頭を掻くとさして抑揚のない声で呆れてみせる。
器用なものだ、とメグは感心しながら、
「彼はとても優しいですから。ああして、自分が傷つけた人のことを悲しんでいるんです」
「天使のことかな?」
直近の相対者を名指ししてみれば、首がゆっくりと横に振られて、
「彼女のことだけではありません。エインジドでは聖堂騎士団の命を奪っていますしね」
「なるほど。しかし、益のないことをする」
「そんな彼だからこそ、天使を救えたし、私たちも助けられたのですよ」
真実を見れば、歴代の勇者たちの不遇は魔王による企みであったわけだから、感謝するには筋が違うとは思う。
それでも、恨む気持ちは微塵もない。
彼に出会わなければ、メグ自身も真実を知る機会はなかったであろうから。
きっと、彼女もそうだろう。
スイギョクに抱かれて飛びあがる、今の勇者の姿を見つめる。
カオルが生きていたことへの喜びと、駆け付ける役割がすでに自分のものではない悲しみとを、ないまぜになったままの胸の内を溶かしながら。
彼女の視線に気がついたのか、エイブスが問う。
「そんなに、カオルのとこに行きたい?」
「いいえ、と言えば嘘になりますけどね」
思い出されるのは、十年前の言葉だ。
大陸の果てにそびえる雲に覆われた剣山で、魔王は勇者に、
「以後の勇者を助けると、そう約束しましたから」
「へえ、あいつらしいというか……けれど、それならあなたは?」
「私は、あの時に十分に救われました。だから、今回は彼女の番なんです」
まぶたを閉じて、身を軽く翻す。
「あの様子じゃあ、戻るのは遅くなりそうですね」
夕空を見上げる雑踏を静かに割りながら、にこりと微笑む。
静かに、己の役割を確信しながら。
「先に食事の準備をしていましょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます