3:打つ手

 金属で補強する厚い木扉で塞がれた、窓一つない狭い部屋。

 自省房と、その狭苦しい個室群の入口に掲げられていた名を思い出して、現在唯一の利用者は苦い笑いを浮かべた。

「他人に価値観を押し付けて、そぐわぬなら反省しろなどと、さすがの私にも言えんな」

「がはは! だとしたらカチェス、お前が入れられる理由は十分だな!」

「確かにエリー、教会と価値観が合うわけがない。それはそっちもだろう」

 ポールスモートの議会の長と警備隊の長は、半生を振り返って頷き合うしかない。

「しかし、よく教会の地下房に入ってこられたな」

「なに、この街の教会も、規模が小さいとはいえ一枚板ではありえんからな。個人的な故知もいれば、副議長の専横を睨む者もいるさ」

「なるほどな」

 やはり、長らく街の警備隊長を務めているだけのことはある、と感心し、とはいえ求めるのは実利であるから、

「で、わざわざ訪ねてきたんだ。土産の一つくらいあるんだろう?」

 周りに怖いからやめろと言われているやぶ睨みと口端の笑いだが、数日の監禁生活によって、募る憔悴に鬼気を大きく減らしている。それでも不敵さを消しえないのは、己の悪癖であろうと、カチェスは自嘲するのだ。

「土産は、いろいろだ。副議長の動向からにするか。とりあえず、昨日の昼にカオルの魔王認定と議長不在の声明が出され、それ以後は街の警備を強化した程度だな」

「なるほど、迂遠な手を選ぶものだ」

 今の一時でいろいろと悟るものはある。が、政治畑ではない、筋骨隆々の老人は首を傾げて、

「ほう。いまので何かわかったのか?」

「政治的に、正面から私に勝とうと考えているのだろう。

 魔王認定した人間と交流がこちらに認められるため教会が拘引、議会は事実確認の後に引責決議によって私の肩書に「元」を付けるつもりだ」

「はぁ。えらくスマートなやり口だな。どこが迂遠なんだ?」

「私なら、不当に拘引した時点で対象を殺す。動く口が残ることは、確実な不利益だからな」

「相変わらずだなあ。味方が少ないわけだ」

 金と力があればどうにでもなるさ、とうそぶいて、カチェスは次の話題を促す。

「天使が、勇者を連れて戻ってきた。勇者は特別待遇で、俺らの頭上で軟禁状態だそうだ」

「不思議な話だな。カオルが討たれでもしない限り……」

 口をついて出た仮定に悪寒が過ぎるから、まさか、と眉根を厳しくして、

「討たれたのか?」

「怖い顔すんな。ズタボロになっちゃあいたらしいが、まだぴんぴんしてるって、エイブスの話だ」

 たったそれだけの言葉であったが、次にもらした吐息はひどく長いと自覚するほど。

「なんだ、こんどはため息つくほど安心したのか?」

「あいつの戦力は、副議長が私を殺さない理由の一つだからな」

「素直じゃないよな。心配だ、の一言で済む話だろうに」

「十年も付き合っていれば、照れを覚える単語など一つ二つではなくなるのさ」

 いくぶん瞳の険を和らげて語ったが、それよりも、と続け、

「名誉の白羽に選ばれた彼女は、おとなしく軟禁されているのか?」

「今はな。カオルに懐いていたから、もしかしてとも思ったんだが。やっぱり天使さま相手じゃ、魔王も形無しのようさ」

「彼女を引き込めれば、だいぶ楽になるんだが」

「確かに、勇者の声であれば、少なくとも教会には影響を与えられるか」

 とはいえ、

「私に彼女を説き伏せる自信はないな」

 藪睨みの半笑いで、圧の強い言葉を撃ち込む交渉術で、懐柔できる相手とは思えない。それに加えて、

「隣に天使がいるんだろう?」

「俺だって嫌だぞ」

「となれば、自力で手を打つしかない」

「なんだぁ? まだ打ちようがあるってぇのか?」

 こちらの無体な要求を察してか、エリオットは楽しげに笑った。カオルも度々そうであったし、本当に自分は度し難い馬鹿者たちに囲まれているようだ。

 笑い、

「エイブスに繋ぎを取って、牢の鍵を持ってこさせてくれ」

「脱獄するのか?」

 否、と、笑みに獰猛さを強めて、

「副議長の専横を苦々しく思う良識ある関係者によって、救出されるのさ」

「なるほど。なら、人選は任せろ。

 しかし、教会嫌いのカチェスが、こんな貸しを作るようなマネをなぁ」

「この際、使えるモノはなんでも使う。生きていること自体が価値を有することだってあるということだな」

「はん……なら、生きて何を為す?」

 口元に鬼気を取り戻す。

 鮮烈な炎がともされたような火照った唇を、笑みの形につくり、

「理不尽が書かれたコインの裏に何が刻まれているか、連中にはっきりと教えてやるのさ」

 彼女なりの、反攻の拳を握りしめた。

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