謙虚すぎる勇者、真の勇者を導きます!

さとう

第一章・赤の勇者クレス

第1話、赤の勇者レクス、レベル3

「はっ、はっ、はぁ……っ!! はぁぁっ……っ!!」


 呼吸がおかしかった。

 息を吸ってるのか吐いているのかもわからない。

 オレの目の前には、大勢の使い捨て……もとい、金で雇った凄腕の『冒険者』が転がっている。

 使い捨てたちは、オレの目の前で無残な挽肉になった。そうだ、魔王の手下によってあっさり殺された。


「な、なんだよ!! ちくしょう!! 高い金払ったんだぞ!? なな、なんでこんな簡単に殺されるんだよぉぉっ!! なぁおい!!」


 オレは死体を蹴る。

 だが、四肢のない胴体だけの肉の塊は、うんともすんとも言わない。

 オレの前に、妖艶な美女がフワリと下りてくる。


「あぁ……なんとも憐れな。これが赤の勇者とは……文字通り、赤の他人なぞどうでもいい勇者のようですわねぇ?」

「ひあぁぁぁぁっ!?」


 妖艶な美女……ああ、こいつは魔王軍幹部だ。

 こいつの魔法で、使い捨ての半分が死んだ。恐れをなして逃げた使い捨ても殺された。

 あれ、オレ、なんでここにいるんだっけ?

 ああそうだ。オレ、魔王軍が攻めてきて、そうだ、金で強そうな冒険者雇って、それで……ああ、そうだ、そうだ!!


「あ、青、青ぉぉぉぉーーーーーッ!! し、シルキィィィっ!!」


 オレは、青の勇者シルキーを呼ぶ。

 そうだ。シルキー……人類最強の魔法使い。青の魔法使い、青の勇者。

 オレと同じ、勇者……。


「シルキーとはこいつかにゃ?」

「え……」


 ドサッと、オレの目の前に何かが転がる。

 見覚えがあるなんてものじゃない。両腕を食いちぎられたらしく腕がない、メガネをかけた知的な奴だと思っていた。でもオレはこいつがオレを見下しているのを知っていた。

 青の勇者シルキーは、両腕を何かに食いちぎられている。でも生きてる。

 シルキーを運んできたのも魔王軍幹部……ああ、トラみたいな耳を持つ女だ。


「魔法しか能のない雑魚だったにゃ。こいつ、後衛職のくせに前線で頑張ってたから面白そうだと思ったのに、両腕を喰いちぎったらもう動かなくなったにゃ。人間ってホントに脆いにゃ~」

「っひ……」


 トラ耳女は口元の血をペロリと舐める。

 オレはシルキーを見た。


「あ、んた……の、せ……い……だ」


 怨嗟の籠った眼で睨まれた。

 そうだ。こいつは後衛、本来はオレの後ろで魔法を唱えてるやつだ。オレは戦うのが面倒で金で雇った冒険者どもを配置し高みの見物してたんだ。

 シルキー、オレのことをクズだのゴミだの言って喧嘩した。オレもムキになってシルキーをけなし、前線基地でのんびりしてたんだ。


「あ、あぁぁ……あぁぁぁあっ」


 尻もちを付き、オレは後ずさる。

 目の前には二人の魔王軍幹部。レベル3のオレがどうこうできる相手じゃない。

 後ずさり、距離を取ると……。


「終わったようだな」

「えっ」

「あ!! ヒルデガルドちゃん!!」


 誰かの足にぶつかった。

 振り返ると、そこには漆黒の鎧騎士がいた。金色の長い髪に赤い目をした美女で、年もオレとそう変わらないように見える。

 ヒルデガルドと呼ばれた女も、魔王軍幹部だ。

 オレなんて見えてないのか、妖艶な美女とトラ耳女に言う。


「これが人類最強の勇者とは……魔王様が出るまでもない」


 そんなばかな。そんな馬鹿な。そんなバカな。

 ヒルデガルドが手に持っているのは、誰の生首だ?

 見覚えのある端正な顔立ちの生首。ああ、これ……緑の勇者マッケンジーの顔だ。


「おっ……げぇぇぇぇぇーーーっ!!」


 俺は嘔吐した。

 マッケンジーの顔は恐怖で歪み、口が空いたままで舌がダラリと伸びていた。人間の舌はこんなにも伸びるのかと恐怖した。

 マッケンジー……オレが使い物にならないとわかると、騎士団を鍛えて代わりに使うことを提案していた。オレには興味もしめさず会話もしたことなかったが、オレを見る目だけはゴミのようだったのを覚えている。

 マッケンジーの白目は、オレを睨んでいるような気がした。


「あ、ぁぁ……ぁぁぁ」

「ゴミ掃除は終わったか? ブラッドスキュラー、天仙娘々テンセンニャンニャン。ここの掃除が終わったら次は町を滅ぼす。魔王様の支配する世界に人間は必要ないからな」


 妖艶な美女とトラ耳女は楽しそうに嗤っている。

 オレなんてどうでもいいのか。ああ、そうだ。オレはずっと何もしてなかった。どうでもいいに決まっているよ。

 オレはヒルデガルドから離れ後ずさる……いつの間にか、股間が酷く湿っていた。涙も鼻水も止まらない。死にたくない気持ちが狂いそうなくらいあった。


「だ、だれか……だれか、だれか!!」


 声にならない声で叫ぶ。だが、人類最強の勇者が負けたんだ。助けなんて来るはずない。

 オレは近くの岩場に隠れようと後ずさり……気が付いた。

 岩場に、誰かいる。


「ぁ……ぅあ」

「お、お前……ロラン、生きてたのか……よし」


 オレは岩陰に隠れていたロランをひっつかみ、ヒルデガルドたちの方へ突き飛ばす。 


「ぅぁぁっ!?」

「あとは任せたぜ。へへっ!!」


 オレの二歳年下の奴隷ロラン。格安で売ってたので買い、身の回りの世話と退屈しのぎにぶん殴る役として役に立った。

 最後に、オレが逃げるための囮として使う。

 ヒルデガルドたちの注意がロランに向いた。よし……今なら逃げれる!!

 小蠅でも見るような目でロランを見たヒルデガルド。そして、恐怖で動けないロラン。

 オレは、初めてロランに感謝した。


「助かったぜロラ───」

「うぁぁぁぁーーーっ!!」


 なんと、ロランから黄金の光が出た。

 全身が発光している。なんだこれ……!?

 ヒルデガルドたちも驚いていた。


「これは……黄金光気!? まさか、伝説の……!?」

「馬鹿な!? かつて魔王様を封印した勇者の……!?」

「にゃにゃにゃ!? こ、こんな子供が……!?」


 よくわからんが、ロランに感謝だ。

 オレは走り出した。ロランの身体が光ってるとかどうでもいい。逃げる、生きる、それだけのために必死に走る。

 そして、背筋が凍り付く───正真正銘の殺気だ。


「これは懐かしい……憎く、そして美しい光ではないか」

「「「魔王様!!」」」


 魔王。

 オレは盛大に転んだ……腰が抜けた。

 振り返り、後ずさる。するとそこには、漆黒のマントに豪華な装飾品を身に付けた優男がいた。

 皮膚は青白く耳が長い、頭にはツノが生えているのがわかる。

 あれが、魔王。人間の仇敵……この世界を支配しようと企む魔王。

 三人の女幹部は、甘い女の顔になって跪く。


「あぁ、下がりたまえ。彼は私が」

「「「はい……♪」」」

「あ、ぁぁぁ……うぁぁぁ」

「ふむ……言葉を持たないのかな? それにみすぼらしい姿に貧相な身体、顔色も悪い……はは、なんだこのステータスは。レベル1、しかも病魔に侵されている。これが黄金の勇者だと?……実に腹立たしい」

「あっ」


 ロランの首があっさり落ちた。

 そして、俺の目の前には。


「黄金の勇者を奴隷にするとは……所有者は貴様か」


 魔王が、目の前にいた。

 

「さて、貴様が最後の勇者……ははは、レベル3とはな。あまりにもバカバカしい」

「あ、あぁぁ、あの、あの」

「殺すのは簡単だが……よし決めた。貴様は食うとしよう」

「え」


 魔王の身体が盛り上がっていく。ボコボコと、肉が膨張する。

 顔が魔獣のようになる。目がいくつも増え、牙が、顎が、口が裂ける。

 全身が鱗に覆われる。なんだこれは。なんだこれは。


「…………」


 もう、声も出なかった。

 絶望ってなんだっけ? ああ、死ぬのか。

 オレは丸太より太くなった魔王の手に掴まれる。


「ぎゃぁぅぁぁっ!? たす、たす、たすけ」

『醜く朽ちろ』

「あぁぁぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」


 そして、そのまま喰われ、咀嚼……意識が遠のいて行く。

 最後に、聞いたような気がした。


『これより、この地は我々魔族の物である!!』


 ああ、人類は負けたんだ。

 魔王に、世界征服されたんだ。

 でも、もういいや……死んじまったしな。



 ◇◇◇◇◇◇


 新作公開しました!

最弱召喚士の学園生活~失って、初めて強くなりました~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054921002619


久しぶりに新作公開です。

召喚獣、召喚士、学園モノです。

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