第四夜 殺人に至る病

 鷹見が殺人という行為を知ったのは六歳の頃に再放送の刑事ドラマを見たときだった。内容はありきたりなものだったが幼い鷹見にとってはわけのわからない単語が飛び交うドラマだったので矢継ぎ早に母に質問していた。





 「お母さん、この人たち何してんの?」





 母は洗濯物をたたみながら適当に





 「最初に出てた人が人殺したから捕まえようとしてんのよ」





 「人殺しってなに」





 「人を殺すことよ、この前隣の家の犬が死んだでしょ。あれと同じようにしちゃうのよ」





 「どうして悪いことなの?」





 「……もしお母さんが死んじゃったら健也も悲しいでしょ、誰にだってその人を大切に思ってる人がいるの。その人を死なせたら駄目でしょう。それに死ぬっていうのはとても痛くて辛いことなの。だからやっちゃ駄目なのよ」





「へー、分かったー」





 口ではそう言うものの幼い鷹見にはそれがどういう行為か理解していなかった。彼の心の中には殺人に対する興味はくすぶるように残っていた。が、あくまでただの興味。毎日食べて、遊び、疲れたら寝る。子供に許された幸福の日々の中で意識されることはほとんどなかった。





 しかしその当たり前の幸せはある日壊れた。否、壊されたといったほうが良いだろう。





 篠田流星しのだりゅうせい。彼は老若男女合わせて十二人殺害しその悪名を日本中に轟かせた稀代の殺人鬼である。その名は今でも検索すれば悪趣味なサイトでまとめられるほどであり日本の犯罪史に名を刻んだ男だ。篠田を語るときに外せないのがその無差別性と残虐性である。被害者全員が篠田となんら関係ない人物でありまた、被害者に通ずる共通点もない。そのため逮捕は難航を極めた。が、十二人目が殺害された数日後に逮捕された。そして今なお裁判が続けられているという。





 そしてその篠田の、凶行の始まりに遭遇してしまったのが鷹見一家だったのである。





 日曜日だった。鷹見は父に絵本を読んでもらい母は夕飯の支度をしている中インターホンが鳴った。





 「俺出るよ」





 父が立ち上がり玄関に向かった数秒後、何かをぶつける音と叫び声が上がった。いつも頼りになる父の悶絶するような声だった。母が不審がって台所から出てきた時リビングからフードを被った男がずかずか入り込み小型のハンマーを母の頭に振り下ろす。かわせるはずもなく頭に直撃しフローリングに倒れた。





 鷹見は隣の部屋でガタガタ震えながらそれを見ていた。何が行われているか理解できない。いつも守ってくれる親が動かない。鷹見は地面が丸ごと消えてしまったような感覚に襲われていた。  





 「まだ生きてるな、これ位じゃ死なないか」





 男は呟いた、自分に言い聞かせるように。





 「しかしどうしたものか、やりたいことを沢山妄想したはずなのにいざやるとなると何も思いつかない……まあいい。これから一つ一つやっていこう」





 男がゆっくりフードを脱ぐ、鷹見はその時の顔を一度たりとも忘れたことは無かった。





 笑顔だった、長年願ったことがついに叶ったような屈託のない笑顔。まるでスポーツをしているかのようにすがすがしい顔でもう一度頭にハンマーを頭に叩きつける。それで完全に母は息絶えた。





 「……ガキ?」





 男はチラリと鷹見を見た。そしてゆっくり近づいていく。





 (死ぬ)





 鷹見は直感的に理解した





 (殺される……!)





 だがその瞬間パトカーのサイレンが近づいてきた。後に鷹見が聞いた話によると父の悲鳴を聞いて隣の家の住人が通報したらしい。男は少しの間逡巡すると窓を叩き割り外に逃げた。





 鷹見はどうやら自分が助かったとわかると慌てて母に駆け寄った。しかしもう母は二度と動くことは無い。





 (死んだんだ、死んじゃったんだ)





 時間をかけて理解するとやがて涙がこぼれてくる。





 (なんでお母さんが死んだんだ、何にも悪いことはしてないはずだ。どうして、どうして!)





 鷹見は母にすり寄り堰を切ったように泣いた、警察が通報を受け家に上がってくるまで声を上げてずっと泣いていた。





 (なのに、どうして。俺はあの人殺しをうらやましいと思っている?)





 鷹見は泣いていた。それほど悲しみは深く、そして





 (なんで、俺も人を殺してみたいと思っている?)





 妬ましかった。


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