諸国情勢(前)

 関ヶ原にて織田家の覇権を握る戦いが行われている中、諸国ではそれに呼応した戦いが行われている。


正月 安芸郡山城

 新年の祝いもそこそこに毛利家の当主輝元は小早川隆景、吉川元長(父の元春が病床のため家督を継いでいる)とともに秀吉からの援軍要請について話していた。


「羽柴殿の援軍要請であるが、どうするか」

「応じる必要はあるのでしょうか?」


 元長が首をかしげる。父元春の羽柴嫌いのせいか彼も秀吉にはあまりいい感情を抱いていなかった。が、それを隆景が諭すように言う。


「こたびの戦いでも羽柴殿が勝つかは分からぬ。それに羽柴殿が勝つ際も我らが参戦していれば毛利を粗略には出来ぬだろう」

「しかし今は領地拡大の好機。その機に援軍など出していていいのだろうか」


 そう言ったのは輝元である。輝元は三十半ばですでに壮年期に入っている。梟雄と言われた祖父元就、優秀だが早死にした父隆元の影に隠れているが、元春・隆景とともに一時期は中国地方に覇を唱えた。

 秀吉との戦いで東方の領地を失ったものの、隙あらば領地拡大の機を伺っているのは元就の血のせいか、それとも偉大な祖父と父に比べられる重圧のせいか。


「分かった。それならわしの兵だけを率いて羽柴殿の援護に向かおう」

 隆景が答えると輝元は頷く。隆景は秀吉との外交にも携わっており、彼さえ秀吉の元にいれば安心であった。


「よし、では元長殿には長宗我部元親との決着をつけてもらおう」

 長宗我部は今のところ織田家に恭順しているものの、最悪倒してしまっても織田家からそこまでの苦情が来るとは思えない。


「分かりました」

 それを聞いた元長も頷く。跡を継いだばかりの元長にとっても、相手にとって不足はなかった。


「わしは戦況を見て土佐に後詰、もしくは九州に出陣する。羽柴殿にはせいぜい上方で頑張ってもらいたいところだ……いや、むしろ戦線が膠着して決着がつかないというのが一番だな」

 そう言って輝元は不敵な笑みを浮かべる。毛利家にとって秀吉は織田家と直接対峙しないための盾に過ぎなかった。

 その後吉川元長は一万の兵を率いて土佐へ、小早川隆景は五千の兵を率いて秀吉の援軍に出陣した。



三月 小田原城

 北条氏政は小田原城に一門衆を集めて合議を行っていた。集まっているのは当主氏直の他、隠居したとはいえ依然として実権を持ち続ける氏政、そして下野方面の軍勢を指揮する氏照、上野方面の軍勢を指揮する氏邦、外交を担当する氏規ら一門衆と松田憲秀や大道寺政繁ら重臣である。


「まず上方の情勢をお聞かせください」

 氏直の言葉に氏規が答える。氏規は幼いころに今川義元に人質に出されており、そのころから若かりしころの家康と知り合いであった。その縁もあって家康とは親しい。


「はい、徳川殿は織田家の関東攻めを潰すために信雄様と手を結び、関ヶ原に出陣しております。そのため、仮に徳川殿が破れたとしても関東攻めがすぐに行われることはないでしょう」

「徳川殿の根回しご苦労でした」

 北条家にとって、織田家の関東攻めは脅威であった。関東統一目前に滝川一益が上野に現れて服従を余儀なくされたことは忘れてはいない。そのため、必死に徳川家と親交を結んで関東攻めを潰そうとしていた。


「しかし徳川殿は大丈夫なのだろうか?」

「徳川殿は我らの助力は不要とのことです」

 家康にとって下手に北条家の手を借りて中央情勢に介入されたくないとの思いがあったが、北条家としても美濃まで出陣すれば膨大な出費を強いられるので無理にとは言わなかった。


「万一徳川殿が敗れた際には援軍として甲信駿に兵を出し、徳川殿と協力して上方勢を迎え撃てばよかろう。そのためにも佐竹宇都宮の類は今のうちに平定せねばならぬ」

 氏政が強気に述べた。その場合は言うまでもなく、上方勢を追い返した後は徳川領を北条領に組み入れるつもりである。そのため、北条家としては家康が勝っても負けても良かった。


「里見はいかがでしょうか」

「はい、義頼殿との関係は良好で、おそらく頼めば援軍も得られるかと」

 里見家とは長く房総半島の覇権をめぐってた率していたが、数年前に和睦を実現しており、天正壬午の乱では北条家に援軍を送るほどの仲になっていた。


「上野はどうでしょう」

 次に氏直は氏邦に話題を振る。

「はい、真田は現在信濃にて旧領奪取のため、新発田家と交戦中です。そのため、しばらくは静かにしているものと思われます」

「そうか。せいぜいお互いに潰し合ってくれれば良いのだが」


 北条家にとって新発田家は複雑な相手である。徳川家の同盟相手であり、一度は和睦した相手だが、上野に侵攻する長尾家の後ろ盾をしているという噂が絶えず、陸奥では佐竹家と手を組んで伊達政宗を破っていた。佐竹家と敵対している北条家は政宗の南下により佐竹の挟撃を期待していたが、残念ながらそれは遠そうだった。

 そのため宿敵である真田ともども共倒れして欲しいというのが氏直の本音であった。


「下野はいかがでしょう」

 最後に氏直は氏照を見る。

「はい、佐野家は当主宗綱が討死して以来、後継を巡って内紛中です。そのため現在は氏忠殿を養子に迎えて我らに恭順しようとする一派を後押ししております。あとは佐竹から養子を迎えようとする天徳寺宝衍と山上道及さえ追い出せば我らに傾くでしょう」


 氏忠も氏政の弟である。北条家は一門を養子に入れて勢力拡大をするという手法をしばしば用いており、例えば氏邦は武蔵の藤田家(沼田城主藤田信吉の実家)の養子に入っており、氏照は大石家に、氏房(氏直の弟)は武蔵の太田家(佐竹家に亡命している太田資正の家)に養子に入っている。また、叶わなかったが上杉景虎も上杉家を相続する予定であった。


「下野ですが那須資晴は我らと通じており、皆川広照も徳川殿の仲介で我らに帰参交渉中です。もはや下野で我らに敵対するのは宇都宮国綱のみでしょう」

「よし、ならば皆川広照の帰参次第宇都宮家に止めを刺そうではありませんか」

「お任せください」

 氏照は胸を張る。


 その後この年の夏頃に北条家と佐竹・宇都宮勢の戦いが行われるがこれも北条優勢のうちに決着はつかずに終わった。

 北条家はじわじわと勢力を拡大していくものの、佐竹義重も驚異的な粘り強さを見せて抵抗を続けるのである。

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