奥州の動乱

九月一日 新発田城

「重家様、ついに生まれました!」

「おお、ついにか!」


 昨年末に越姫が身ごもってから約十か月。待ちに待った知らせを受けて俺は産室に駆け込む。部屋の外からでも赤子の大きな声が聞こえてきた。

 産室では越姫が玉のような男子を抱き上げている。長時間の出産に疲労しているようだったが、その表情には安堵の色が浮かんでいる。


「ご苦労だったな」

「いえ、無事に生まれて何よりでございます」

 初めての子ということもあって越姫はほっとしているようだった。武家の妻として務めを果たした、という気持ちもあるのかもしれない。

 俺も初めての出産がうまくいったようでほっとする。子供が生まれるのは初めてだったので言葉に表しがたい喜びが芽生える。


「俺にも抱かせてくれ」

 俺が抱くと赤子は一際大きな声で泣く。

「おお、何と元気がいい。きっと将来は名将に育つだろう」

「はい、父上と殿の血を引いているため文武に優れた将に育つでしょう」

「そなたもよくやった。しばらくはゆっくり休むがいい」

「はい」

 そう言って越姫は体から力を抜き、床に横たわる。


「よし、この子には源次郎と名付けよう」

 源次郎というのは兄長敦の幼名である。次男である俺の幼名は源太であり、この時代は験担ぎでこのような名づけをすることが多い。有名なところでは真田信之が源三郎、幸村が源次郎と名付けられている。

「勝家様にも一目会わせることが出来れば良かったのだが」

 それが唯一の心残りであった。




 一方その間にも奥州の情勢は動いている。これから織田家で決戦が起ころうとしている時に背後で不穏なことが起こるのはタイミングが悪いと言わざるを得ないが、それでも直前だったのがまだ良かったのかもしれない。


 少し前のことであるが伊達政宗は妻の実家である田村清顕から蘆名方に鞍替えしていた大内定綱に田村方に戻るよう命令した。しかし定綱はそれに従わず、政宗は五月に蘆名家を攻撃していた。ここで敗れた政宗は閏八月に定綱方の小手森城を攻めて有名な撫で斬りを実行している。


 政宗の猛攻に危機感を覚えた近隣の二本松城主畠山義継は降伏した。そして十月八日に政宗に対して口添えした前当主輝宗の元に謝礼に赴く。会談は和やかに終わり、輝宗は義継を見送りに出た。


 が、そこで義継は突如刀を抜くと輝宗の首筋に刃を突き付け、二本松城へと拉致しようとした。政宗に対して人質に使おうとしたのか、政宗と違って蘆名家との仲が良かった輝宗を立てて伊達家の分裂を図ろうとしたのか。

 隠居したとはいえ、前当主を人質にとられた伊達家の者たちは鉄砲を構えて追いかけたものの撃ちかけることも出来ない。しかし国境沿いに至ったところで輝宗は自らを巻き込んで撃つよう命じた。そして伊達軍の鉄砲が一斉に放たれて輝宗の命を奪った。


 俺の輝宗との関わりは蘆名と結んで越後に干渉してくる、という中でのものだけだった。乱の初期は支援を受けていたが、やがて敵対するようになってしまった。しかし親蘆名方の輝宗の死はよりいっそう蘆名方と政宗の対立を深めた。


 十月中旬、卑劣な方法で父を討たれた政宗は弔い合戦と称して二本松城を攻めたものの、幼少の畠山国王丸を戴いて城将は必死に抵抗し、城を守った。

 南陸奥の諸勢力はこの事件を受けて伊達家と敵対姿勢を示したものの本来盟主となるべき蘆名家は当主亀王丸がまだ幼少であった。そこで佐竹家に援軍要請が飛ぶと同時に前回世継ぎ争いで亀王丸派に加わった色部長実にも援軍要請が飛んだ。


 その話を聞いた俺は出陣を決めた。北条攻めが来年の三月以降であるため、家康が行動を起こすのはもう少し先になるだろう。それまでに伊達政宗の勢力を叩き、領地の安全を確保しておきたかった。


 十一月、俺は一万の兵を、長実は三千の兵を率いて蘆名家臣金上盛備とともに山を越えた。盛備とは味方、敵、味方と関係が二転しているがそれも戦国の習いである。

 俺と長実の大軍を見た蘆名家中の伊達派と目されていた富田氏実や佐瀬種常らも反伊達派として参戦。蘆名軍七千、佐竹軍五千、そして二階堂・相馬・白川結城・石川・岩城、そして大内定綱らが加わって総勢三万を超える大軍が須賀川城に集結した。


「まずは各々方、このたびは伊達政宗の横暴を止めるためにお集りいだき感謝する」

 壇上、総大将として振る舞っているのは佐竹義重である。関東では北条家に押されているものの、鬼義重と言われた貫禄は衰えておらず、普通に話しているだけでも威圧感がある。集まった諸将は畏怖と同時に頼もしさを感じていた。


「全く、我らはほぼ一族も同然なのにこのようなことをするとは信じられぬ」

 そう言ったのは政宗の叔父にあたる石川昭光である。

 伊達家は曽祖父の稙宗の代に大量の子供が生まれたため、この周辺は婚姻関係が入り組んでいた。これまではむしろ伊達・蘆名を中心に中小国衆が手を組み越後に介入したり、佐竹の陸奥侵入と戦ったりするのが主であったのだが、それも一変してしまった。ちなみに義重の正室も輝宗の妹である。


「まだ若いから調子に乗っているのであろう。目に物見せてくれる!」

 特に自城をなで斬りにされた大内定綱の恨みは深い。政宗に代替わり後、彼の一存でこれまでの秩序をめちゃくちゃにされた国衆たちも定綱の言葉を聞いて怒りを募らせる。

「そうだそうだ!」

「奴一人に何が出来る!」


 そんな中、義重は俺の姿を見るとこちらへ向かって歩いて来る。かつては北条家と戦うときに共闘した仲ではあるが、あの時は俺の和睦により共闘は消滅した。以来、特に敵でも味方でもなかった。

「新発田殿、会うのは初めてだな」

 とはいえ義重は別に俺の一方的な和睦を怒っているようでもなかった。

「そうだな。書状では何度かやりとりしたが」

「織田家では来年の春、北条攻めが行われると聞く。北条家は伊達の小僧よりも遥かに強敵だ。よろしく頼む」

「分かった」

 おそらく北条攻めは行われない。そのことを知っている俺は申し訳なくなってしまい、言葉少なに答えるしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る