勝家と秀吉

緊迫

 十月初めに春日山城に戻ってから諸々の手配を終え、さらに領地にも顔を出し、ようやく上方に出発出来たのは十一月に入ってからだった。


 その間にも京では情勢が進んでおり、信孝が三法師を抱えて離さないことに激怒した(内心激怒ではなくほくそ笑んでいたのではないかと俺は思っている)秀吉は丹羽長秀・池田恒興・堀秀政らと共謀して一時的に織田信雄を当主とする旨を取り決めた。


 当然信孝は激怒。また秀吉の専横を見かねた勝家や、清州会議の結果に不満を持っていた滝川一益らは反秀吉同盟のようなものを固めつつあった。

 上洛するのが遅くなったため、対立はすでに抜き差しならないところまで進みつつあった。


 とはいえ徳川家康は領国の内政に忙しく、長宗我部もまだ四国制覇に至っておらず、毛利は秀吉と締結した和睦を維持しているため、織田家は一応の平穏を維持していた。


 貿易船に同乗した俺が敦賀から近江坂本城に辿り着いたのは十一月十五日になってのことだった。

 秀吉は山崎の宝寺に築城しており、勝家も秀吉の動向を監視するため、そして光秀の旧領を治めるため坂本城に滞在していた。佐々成政・前田利家・佐久間盛政は山崎の戦い以来の在京となっていたため軍勢は帰国させている。


 坂本城で出迎えた勝家は前に会ったときよりも疲れて見えた。越中での戦は勝ち戦だったが、今は近江領の統治に加えて秀吉との神経戦を繰り広げなければならない。上杉と違って倒せばいいという訳ではないので苦労しているのだろう。


「遠路はるばるよくぞ参られた」

「こちらこそ越後と北信濃の領地を認めていただいたお礼が遅くなって申し訳ない」

「認めたと言えば聞こえはいいが、要は介入する余裕がなかっただけだ」

 勝家はやや自嘲気味に笑う。それには俺も苦笑するしかなく、本題に入る。


「こちらでは羽柴殿と対立しているという話を聞くが」

 それを聞かれると勝家は眉をひそめる。

「うむ……本当はわしがもっと信孝様に三法師様を手放すように強く言えば良かったのであるが、そうなれば羽柴殿が今度は三法師様を抱えるのではないかという懸念があって強く言えなかった」

 おそらく秀吉のことだからどちらに転んでも自分の利益に繋がるように手を打っていたのだろう。そのため俺からは一概にどちらの方が良かったとも言えない。


「果たして戦になるのだろうか」

「分からぬ。幸い、つい先日前田殿を派遣して羽柴殿と和議はなったがそれも長くは続かぬだろう。とはいえ、来年まで持たせることが出来ればこちらとしても備えをすることは出来る」

 史実では確か冬に勝家が越前に引き上げている間に秀吉が兵を挙げ、近江長浜城と織田信孝を攻めていた。そして雪解けに勝家が南下するという足並みの揃わなさもあって勝家は負けている。

 勝家が近江の大半を治めていることや史実と違って上杉が滅びていることがどのように影響してくるかは難しいところだった。


「柴田殿は是非冬の間も近江にいていただきたい。おそらく、柴田殿が冬の間越前に戻れば十中八九兵を挙げるだろう」

「なぜそのようなことが言えるのか。羽柴殿とていたずらに戦を好む訳ではないはずだ」

 勝家は秀吉と対立しつつも、俺の言葉に微妙に不快感を滲ませた。この段階では勝家は本気で秀吉が兵を挙げるとは思っていないのだろう。


「実は先日羽柴殿からの使者が来て、確たることは言わなかったのだが、戦いになるようなことを匂わせていた」

 これなら嘘を言っていることにはならないだろう。

「そうか……。とはいえこちらも最悪の事態に備えて長宗我部や雑賀衆とは連絡はとっているからそれはお互い様ではあるが」

 さすがに織田家の筆頭家老だけあって秀吉が兵を挙げるとは思わないと言いつつも、それに備えて手は打っているらしかった。


「なるほど。では近江の仕置という名目でわしは近江に在国しよう」

 とはいえ、勝家が近江にいても兵力が減るのは間違いないため、冬の間に兵を挙げる可能性は依然として残っている。かといって北陸の軍勢全てを近江に待機させ続けるのは経済的な負担が莫大だし、それは勝家に戦を起こす気があると思われる可能性もある。

「もしそれでも冬の間に戦いが起こるようであれば、可能な限り時間を稼いでもらえれば援軍を派遣しよう」

「そこまでしてもらえるのか。わしに領地を与えることは出来ないが、もしよろしければ我が娘を妻にどうか」

「それは願ってもないこと」


 ここで勝家の一門格になっておけば、今後勝家が秀吉に負けることがない限り越後を手放すことを要求されることはないだろう。これまでは織田家に対しては外部の協力相手というぐらいの認識だったが、これで名実ともに身内になることが出来る。

「とはいえ、実際の婚儀はこの件が片付いてからになるが」

 そもそも勝家が近江から離れられないからそれは仕方がない。


「ではこちらからは徳川殿を通じて信雄様に戦いになった際は中立を保つよう働きかけてみよう」

 俺の言葉に勝家は表情を輝かせる。

「確かに、信雄様さえ羽柴殿に与さなければ羽柴殿は大義を失う。純粋な戦いになればまだまだ負けぬ」

 そうは言っても勝家もすでに六十を超えてはいるが。

 実際、秀吉は信孝が三法師を手放さないので信雄と手を組んだ。しかしその信雄が兵を出さなければ秀吉が信孝を攻めるのはただの秀吉の独走となる。


 勝家との会談を終えた俺は早速徳川家康に使者を送った。家康の領地である三河は信雄の領地である尾張に隣接している上、この間の天正壬午の乱では家康の求めに応じて信雄が和議を仲介したという関係もある。家康が俺の頼みを聞いてくれるのかは未知数だったが、断られて元々という気持ちで書状を送った。

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