調略
十月下旬 長岡城
与板城周辺での小競り合いを繰り返すうちに月日は流れ、気が付けば大分肌寒くなっていた。相変わらず上杉軍は地の利を生かしてゲリラ的に動き回っているが、その勢いには疲れが見える。一方の新発田軍も勝ちとも負けともつかぬ戦いが続き、一時期の士気の高揚は落ち着いてきていた。
そんな中、周辺に放っていた物見の一人が戻ってくる。彼は確か赤田城に放たれていた者だったはずだ。赤田城は与板城よりさらに西側にあるが、周辺に大きな城がないため、与板城が落ちればこちらの攻撃の射程に入る。
赤田城主の斎藤朝信は現在景勝とともに越中で戦っている。織田軍三万を相手に地の利を生かして粘っているという。上杉方に負けて欲しいという気持ちと、あまり織田家に勝ちすぎないで欲しいという気持ちがある俺は何とも言えない気分である。
「赤田城の様子ですがもしかしたら有用かもしれない情報が手に入ったのでお知らせします」
「本当か!?」
戦況が膠着していたこともあって俺は思わず身を乗り出してしまう。
「赤田城ですが、斎藤朝信殿の嫡子乗松丸は出陣の際、元服して同陣出来るよう朝信殿にせがんだそうです。乗松丸は今年ですでに十五。元服してもおかしくない年齢ですが、元服すれば参戦させざるを得ないという状況のため、朝信殿は彼の元服を先延ばしにしているとか」
「なるほど」
現状越中で上杉方は劣勢であり、最悪全滅という可能性もある。その時のために嫡子を城に残しておくというのは一つの判断であった。
そうであるのならばこちらにつくというのは一つの選択肢になりえる。何せ、朝信が景勝から離反する可能性は低いだろうから。
「乗松丸は越中での戦況を聞くたびに自身の出陣をせがんでいるという噂です」
「それは難しいな……」
「とはいえそのたびに家臣にとめられているようです」
「なるほど、それなら交渉の余地はあるな」
乗松丸本人を説得することは難しいが、元服していないということはおそらく後見している家臣がいるのだろう。
そこで俺は赤田城に向けて書状を書くことにした。
『朝信殿の武勇は常に聞き及んでいる。先日手合わせしたときもかなり苦戦させられた。
とはいえ、そんな朝信殿も織田家三万の軍勢の前にはさすがに太刀打ち出来ぬのではないか。もちろん上杉家に尽くすその忠節は見上げたものではあるが、武士として家を残すこともまた重要であると考える。
ここまで言えばお分かりかと思うが、乗松丸殿だけでも是非我らについていただきたい。我らは織田殿の仲介で従五位下を授かっており、直接北陸における所領安堵を認められている。そのため我らの元についてもらえればその所領は安堵されるだろう。
重要なのは上杉家が残っている間でなければこの交渉は成り立たぬということである。もし上杉家が滅びれば否応なく織田家に従うか滅ぼされることを余儀なくされるだろう』
正直なところ上杉家が滅んでから織田家に降伏したとしても突然領地を召し上げられるようなことはあまりないと俺は思っている。おそらく勝家はそういうタイプではないし、だからこそ手を組んでいる訳でもある。しかし可能性が低いとはいえありえなくはないので俺はあえて五分五分かのような雰囲気で書状を書いた。
「ではこれを頼む」
俺はその書状を使者に渡す。
次に標的に定めたのは大分距離は離れるが猿毛城の柿崎千熊丸である。柿崎家は景家の代は上杉家の先陣として名を馳せたが、長子の祐家は越中での戦で戦死。景家の跡を継いだ晴家は謙信存命中に信長から送られた馬を受け取った事の責任をとって切腹したらしいが、それが主因なのか他に理由があって口実に使われたのかは不明である。しかし晴家とはあまり会ったこともないのでそういう人物なのかどうかはよく分からない。
そのため晴家の子千熊丸が跡を継いだものの彼は現在六歳。当然越中に従軍することも出来ずに城に残っていた。柿崎家は上杉家の中でも家格は高かったが、重用された景家はすでになく、晴家も切腹させられている。忠誠が揺らいでいる可能性もあった。
俺は赤田城に宛てた書状と同様の書状を作成し、猿毛城にも送付した。
さらに似たような書状を北条城にも送付する。北条家は当主の高広が上野におり、在番していた景広は御館の乱における景虎方の主力であったが討死。その後も抵抗を続けていたものの、家臣の石口広宗らが降伏。広宗は現在越中に従軍している。
こちらはそもそも北条家の一門が残っていないという状況だったが景勝への忠誠は高くないと判断して書状を出す。もしも俺につくのであれば上野にいる高広を城主に戻してもいいとも書いておく。
とはいえ、高広本人がどう思っているかは全く知らないが。高広は武田家に帰属しており、滅亡寸前の武田家ではあるが真田昌幸らの活躍で上野では北条家相手に善戦していた。越後の地に戻りたいと思っているのか、上野で嬉々として領地を広げているのかは分からない。
他にもいくつかの城に書状を送ってみたものの、おおむね返事はなかった。とはいえ、返事がないということは拒絶されたという訳でもないとも言える。新発田軍は与板城を囲んではいるものの、落とせないまま撤退し長岡城を奪い返されるという展開も理論上あり得る。
そのため、返答を引き延ばしておきもし与板城が落ちれば寝返るという心づもりの可能性もある。何にせよ、与板城を落とさなければならないという事実は変わらなかった。
「いっそ千坂景親らを誘うか?」
千坂家の本領を返還して降伏を誘うことは出来るが、すでに奪った地は家臣たちに恩賞として配ってしまっている。
とはいえ、全て返還と言わず半分ならば何とかなるか。そう考えた俺は千坂景親と竹俣慶綱にも旧領のうちのいくらかを返還する代わりに内応を誘う書状を送った。そして毒を喰らわば皿までとばかりに吉江景資や中条景泰にも同様の書状を送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。