降伏

八月十六日 大宝寺城

 その後、おおむね五千の軍勢が再結集した俺たちは大宝寺城へと兵を進めた。大宝寺城には現在、大宝寺義氏ら二千ほどの兵が籠っている。ちなみに尾浦城には東禅寺義長が一千五百ほどの兵を率いており、周辺の大宝寺領を制圧後、少数の兵力のみ率いて参陣した。


 さらに、鮭延秀綱、寒河江兼広、白鳥長久ら周辺諸将も続々と参陣した。鮭延・寒河江の二人は「最上八楯」の面々だが、白鳥長久も最上ゆかりの国衆ではある。史実では数年後に最上義光に謀殺されたはずだ。本来はすぐに大宝寺城を攻め落とすところだったが、問題は大宝寺落城後のことである。


「このたびは皆の者、我らに加勢していただき感謝する」

 一同を見回して本庄繁長が軽く頭を下げる。

「我らも暴政を敷く大宝寺義氏を打倒することが出来て良かった」

 東禅寺義長がそれに応じる。

「さて、大宝寺打倒後のことだがこの地をどのように治めていくかだが」

「大宝寺の旧領についてはわしがそのまま治めようと思う」

 義長が発言するとたちまち非難の声が上がる。


「このたびの戦、我らの参陣あっての勝利のはず! 当然我らも領地をもらうべきではないか」

 鮭延秀綱が代表して異議を申し立てる。他にも「そうだ!」という声があちこちから上がる。

「そもそも義氏を破ったのは我らだ」

 黒川為実も声を上げる。たちまち義長は劣勢に陥る。そもそも独立したばかりで権力基盤が脆い義長は強く主張することが出来なかった。が、それを繁長がとりなす。

「いったん落ち着こうではないか。それよりも義長殿、今後庄内を治めるにしてもやはり大宝寺家は存続した方がいいのではないか?」

「どういうことだ」

 義長は眉をひそめる。

「大宝寺に養子を入れて、形だけでも存続させようではないか」

「い、一体誰を入れるというんだ」


「我が息子、義勝だ」

 繁長の言葉に一同息を呑む。要するに繁長は大宝寺家そのものを乗っ取ろうとしているのである。特に義長の顔には強い不満が浮かんでいた。せっかく繁長らと結んで大宝寺を乗っ取ろうとしていたのに、結局繁長が乗っ取っていこうとしているからである。

「だが義勝殿はまだ七歳では?」

「そうだ。だから東禅寺殿に後見していただければよかろう」

 俺の指摘に繁長答える。それを聞いて俺はなるほどと思った。もしこれで義勝が成人していれば義長はこの案を蹴っただろう。しかし義勝が幼少だったため、まだ自分が権力を振るう余地があると思い、かろうじてこらえた。


「もちろんその場合、今回の協力者の皆さまにはきちんと領地をお渡ししよう」

 そう言って繁長は揚北衆や出羽衆を見渡す。

「我らとしてはもらえるものがもらえるのであれば大宝寺でも東禅寺でも構わぬ」

 鮭延秀綱が答える。俺たちの気持ちもおおむね同じであった。義長が当主になれば領地を渋るかもしれないが、繁長の案を飲めば分け前がもらえる。そう考えた者たちはその案に乗っかることにした。

「そうだな、本庄殿の案がいいだろう」

 黒川為実がそう言ったのを皮切りに、俺たちも後に続いて賛同するのであった。義長は悔し気に唇を噛んだがもはやどうにもならなかった。


 とはいえ、本番はここからである。大宝寺家がどうなろうと俺たちは分けるものを分けなければならない。

「では我らはこの地を要求いたす」

「わしは大宝寺義興を討ち取った。当然それ相応の恩賞がもらえるはず」

「おぬしらが何を要求しようと、尾浦城を渡すつもりは絶対にない!」

 鮎川盛長や東禅寺義長もここぞとばかりに主張する。

「では俺は酒田湊の支配権をいただきたい」

 当然議論はもめにもめた。この場では何となく繁長が仕切っているものの、別に繁長が偉い訳ではない。当然各自もらえるものは多い方がいいので好き勝手な主張を繰り返し、議論は二転三転した。結局、恩賞は以下のように決まる。


本庄繁長→なし(ただし義勝を大宝寺の養子に入れる)

鮎川盛長・黒川為実→越後・出羽国境付近の大宝寺領

俺→酒田湊の支配権。ただし税収は東禅寺義長と折半する

東禅寺義長→尾浦城を大宝寺義勝に明け渡す代わりに、大宝寺城主でかつ義勝の後見人となる。周辺領地と酒田湊の税収の半分を得る。

鮭延秀綱・寒河江兼広・白鳥長久→周辺の大宝寺領を少しずつ加増

大宝寺義勝→領地を大きく削られる上に、東禅寺義長の後見を受ける。


 こうして議論はいったん収束した。しかしそれぞれ大なり小なり不満を抱いていた。占拠した尾浦城を明け渡すことになった上、得られる領地も少ない義長。義勝を養子に入れたものの大宝寺家の領地は大きく削られ、しかも義長に実権を握られている繁長。そして酒田湊の税収を折半される俺。

 近いうちに大宝寺家の実権をめぐって繁長と義長で決戦が行われるのではないか、そんな雰囲気が漂っている。というか、繁長がそうなるという目配せをしなければ俺はこの案を飲まなかったかもしれない。どの道交易体制の確立には時間がかかる。そのときまでに義長を討てればそれでいいだろう。


 ちなみに、どうせ義長を倒すなら今やってもいいという考えもあるかもしれないが、問題は大宝寺城で義氏が抵抗を続けていることであった。このタイミングで俺たちが内輪揉めを始めれば義氏が息を吹き返したり、義氏と手を組む者が出たりするかもしれない。それだけは何としてでも避けねばならなかった。


 議論の翌日、繁長は義氏に使者を派遣した。内容は義勝に家督を譲って隠居するよう迫るものである。当然義氏は激怒したが、すでに大宝寺城を囲む兵力は一万近くになっていた。抵抗したところで総攻撃を受ければ討ち死にするのは目に見えている。義氏は血がにじむほどに唇を噛みしめたもののここで命を繋げば逆転の目もあるかもしれぬ、と降伏を受け入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る