第240話 台風一過と後始末

「こりゃあ、ひでぇなぁ」

 扉を閉めていたにも関わらず、下駄箱は水浸し。

 そこをどうにか乗り越えて外に出てみると、校庭は海のようになっていた。

 自然災害の恐ろしさを実感するとともに、無事に一夜を明かせた幸運を神に感謝する。

 ゴッド、お前じゃない。はにかむな。



 まだ少しばかり水が残っている道路。

 そんな悪路をものともせず、こちらに走って来る車。

 生徒指導の浅村先生の愛車である。

 確か、名前はジムニー。

 先生いわく、「どんな道でも走れるんだぞ」とご自慢であったが、あれはあながち誇張でもなかったのか。


 ひとまず先生をお出迎えすべく、俺は駐車場へ。

 足元が水浸しで、俺のお気に入りのスニーカーもビッチャビチャだが、これはもう致し方ない。

「先生! おはようございます!」

 朝の挨拶は元気よく。

 これも、浅村先生の教えである。


「おはようございますじゃないよ!!」

 そして、教えを忠実に守ったにも関わらずお叱りを受けた。

 どういった事情でしょうか。


「連絡はつかなくなるし、道路が通行止めで学校には来れないし、ものすごく心配したんだよ! とにかく、無事で良かった! 他のみんなは!?」

「ああ、連中ならまだ寝てます。起こすのも忍びなかったもんで」

「そうかー。なんにしても、無事で良かった!」

 浅村先生と熱い握手を交わす。

 「先生こそ、ご無事で何よりです」と付言するのも忘れない。


「すまなかったねぇ。生徒会に下校のアナウンスを任せたのは、僕のミスだったよ。本当に、面目ない限りだ」

「ああ、いえいえ。結果的に俺たち怪我一つしてもねぇっすから」

 感動的なシーンであるが、そこに現れるでっぷりとした影。


「まあ、君たちも自己管理がおろそかだった点は認めるべきだね。自己判断で、早期に帰宅するくらいの知恵は絞ってほしかったよ」

「ああ、教頭先生もいらしてたんですか。おはようございます」

 朝の挨拶の前に嫌味を一言添える辺り、さすが、ブレないお人である。

 人に何かを絞らせる事をいるのもまた、このお方の個性。

 フレッシュジュースでも絞ってくれれば良いものを。


「そりゃあねぇ、被害状況の確認は中間管理職の仕事だからね」

 被害状況。

 非常に嫌な言葉である。

 理由は言わずもがな。

 俺たちも必死だったとは言え、被害を自発的に結構な勢いで増やしている。


 嫌味の十や二十は覚悟しなければならないだろう。


「まあ、とにかく、一晩過ごしたのなら、被害のある場所も把握しているだろう。案内してくれるかね?」

 「嫌です!」と言いたいが、そんな道理は通らない。

 知っているとも。


「うっす。では、俺が知ってる限りの場所を順番に回りましょう」

 まったくもって、嫌な仕事である。



「ガラスが割れたのは分かるし、応急処置もまあ及第点だね」

 まずは挨拶代わりのベニヤ板で補修したガラスをご紹介。

 ここまではまあ、反応も想定内である。

 問題はここからだ。


「……なんだね、宿直室のこの惨状は」

 そうなりますよね。

 いや、こればっかりは仕方がない。

 俺が教頭でも同じセリフを吐くだろうから。

 まさか、「うちの者が天空破岩拳で破壊しました」とも言えず、俺は答えを探す。



 まあ、探したところで見つからないけどな!!



 一先ず、「食料を探した末に起きたやむを得ぬ事故だった」と弁解。

「やむを得ぬのは分かるけどねぇ。何をしたらドアが粉々になるのかね?」

 今日の教頭は正論の権化である。

 反論の余地がない。


「教頭先生、恐らくドアが老朽化していたのでしょう。なにぶん、宿直室はあまり使われていないので、我々も朽ちたドアに気が付かなかったんですよ」

「老朽化ねぇ。まあ、良いでしょう。それで、他にもあるのかね?」

 浅村先生のフォローで助かるも、他にもあるのだから嫌になる。

 俺は、茶道室へとお二人を案内する。


「桐島くん。君ねぇ、南京錠がひしゃげるってどういうことかね?」

 本当に今日の教頭の正論は筋が通り過ぎている。

 俺だって南京錠を握りつぶせる男がこの世に存在する事の不思議を解明したいものだと思うのだから、返す言葉もない。


「まあまあ、教頭先生。南京錠も古くなっていたんですよ」

 浅村先生。

 お気持ちは嬉しいですが、その言い訳はちょっと厳しいです。


 その後、浸水している場所を数か所案内して、俺は役目を終えた。

 あとは、教頭のねちっこい嫌味を聞くだけだ。


「まあ、正直言ってお粗末だね。生徒を代表する生徒会なんだから、もう少し臨機応変に、学園の施設に被害が出ないように工夫できたんじゃないかなぁ?」

「うっす。すみません」

「しかも、男子が二人もいたんだからさぁ。手分けをして、浸水ヶ所を減らす、くらいの成果は欲しかったね。去年の生徒会ならできていたと思うよ?」

 おっしゃる通り、昨年度の生徒会ならばスマートに解決していたと思われる。


「まあ、教頭先生、そのくらいで」

 浅村先生の何度目になるか分からないフォローを教頭は無視する。

「もう一言だけ付け加えさせてもらうよ」

 まだおかわりがあるのか。正直お腹いっぱいである。


「怪我人を出さなかった点。そこは評価しないといけないねぇ。君たちなりの精一杯絞った努力は見て取れたから。まあ、早く帰って休みなさい、疲れただろう?」

 教頭は、眉一つ動かさずに言う。

 それは、どうやら彼が絞り出した、俺たちに向けた賛辞らしかった。



「お帰り、コウちゃんっ!」

 生徒会室に戻ると、全員が起きていた。


「公平先輩、もしかして事後報告して下さったんですか?」

「ゔぁぁあっ! すみません! 僕の責任が大きいのに!!」

 さて、何を言ったものか。

 いや、何も言う必要はないか。

 一難去ったのだから、それでもう、万事解決ではないか。



「全部片付いたぞ! やるべき事は一つ、家のベッドで二度寝だ!!」

 そうとも、全員がこうして無事に台風の猛威に打ち勝ったのだ。

 これはもう、大勝利と言っても過言ではない。



 ならば、ご褒美に柔らかいベッドで惰眠だみんをむさぼるくらいは許されるべし。

 さあ、家に帰ろう。

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