第228話 地上のウサギはよく跳ねる

「せーんぱい! 星空を見ていると、思い出しませんか?」

 ランタンの明かりを調節していると、花梨がやって来た。


「おう。合宿の時な。ありゃあ奇麗だったなぁ」

「も、もぉー! なんで普通に覚えてるんですかぁー!!」

「えっ、覚えてちゃまずかったか!?」

 アレだろうか。

 花梨の尻を眺めていた時間が結構長かった事がバレているのだろうか。


「……まずくはないですよぉー。先輩、最近ちょっと変わりましたよね?」

「そうか? 別に、いつも通りの俺だが? あ、男前になった?」

「あはは! そういうところはいつもの先輩です!」

「もしくは、ついに筋トレの成果が出始めたかな?」

 花梨は黙って首を振る。



 首を振ることないじゃないか。



 そして彼女は続ける。

「なんだか、前よりもあたしの事、しっかり見てくれてる気がします!」

「……おう。そうか」

 それは事実である。


 恋愛レースの本番コースについに飛び出た俺であるからして、一度決めたからには本腰を入れるべしと、最近は毬萌と花梨の事をよく考えている。

 彼女たちの表情が明るくなれば心が躍り、反対に曇れば胸を痛める。

 思考の中心に彼女たちがいるのだ。

 それにしても、まさか当人に気付かれているとは。

 乙女のサーチスキル、高過ぎじゃないかしら。


「なんつーか、ちゃんと見ようと思ってな。花梨の事も。女の子として、例えばどんな魅力があるのかとか。俺の知らねぇ表情を探そうとか」

 俺が恥ずかしい事を真顔で言うと、花梨が赤面してぴょんぴょん跳ねる。

 何も花梨が恥ずかしがらずとも良かろうに。


「う、嬉しいですけど! なんか、突然そんな風に言われると、こ、困っちゃいます!! な、なんで公平先輩、急に大人になっちゃってるんですかぁ!?」

「そりゃあ、お前、これまで無償の愛を与えてもらってたんだから、それに見合う態度は返していかにゃあならんと思ってだな」

「ふ、普通に、その、愛とか言わないで下さいー! もぉー!! なんだか、この公平先輩には慣れないです! 危険なので、あたし、失礼します!!」

 花梨がやっぱり跳ねるように、行ってしまった。



「はて。そこまで俺ぁおかしな事を言っただろうか。えべしっ」

 独り言を吐いたつもりが誰にか聞かれていた時ほど恥ずかしい事はない。


「……あんた、何があったか知らないけど、より厄介な進化を遂げたわね」

「氷野さん、ひでぇじゃねぇか。いきなり脳天に手刀はないぜ」

「あんな恥ずかしいセリフ聞かされる身にもなりなさいよ! もう、なんか全身が痒くなったのよ! だったらチョップの一つくらいするわよ!!」

「ええ……。そんな理不尽な……」

 そして氷野さんは両腕を組んで、やはり跳ねる。


「まあ、色々と向き合うのは結構だけど、あんたって加減が下手くそなのよ」

「おう。サッパリ分からん。もし良ければ、ご教授を」

 氷野さんは特大のため息をついて、俺を見る。

 これは、性懲りもなく同じ英単語をスペルミスする出来の悪い生徒に向けられる目である。

 中1の時に、毬萌に散々向けられた視線なので、覚えがある。

 だって、サイエンティストってつづり、難しいじゃないか。


「だから、極端なのよ! 今まで暖簾に腕押しだったのに、急に手応えマックスになったら、誰だって戸惑うでしょう!?」

「おう。と言うと?」

「……はあ。察しの悪い男。今まで打ちごろのスローボールしか投げてなかったのに、いきなりツーシーム投げるなって言ってんのよ」

「おお! 氷野さん、野球もイケる口か!? ちなみにどこファン? えべしっ」

 再び俺を手刀が襲う。


「今そんな話してないでしょう!?」

 おっしゃる通り。

 そう言えば、野球の話はしていなかった。

 俺としたことが。


「とにかく、加減を考えなさいよ! 同じ女子として、誰とは言わないけど、二人に掛かる負担が気の毒で仕方ないの!!」

 そう言うと、氷野さんは腹立ちまぎれに団子を口に放り込む。

「あと、あんたが作った団子が普通に美味しいのも腹立つのよね……」

 さらに3つ団子をモグモグして、彼女は去って行った。

 お気に召したようで何より。


「はわわー。兄さまー!」

「公平兄さん! 木星ってどれなんか分かります?」

 仲良し中学生コンビがやって来た。

 さっきから、入れ代わり立ち代わりだな。


「ええと、確かへびつかい座がどうとか言う記憶が……ちょっと待ってね」

 こんな時にはグーグル先生。

 スマホをちょいとススっとやるだけで、すぐに質問に答えてくれる。


「おう、なるほど。あそこにあるのがアンタレスって星らしい。明るいヤツな。そんで、ちょいと左手の方にあるのが木星なんだってさ」

「はわー! 公平兄さま、物知りなのです!」

「いや、物知りなのはスマホ様だよ。俺はただ見た事を喋ってるだけだから」

「何言うてるんですか! 公平兄さんの説明、むっちゃ分かりやすいです!」


「姉さまに教えてあげるのです!」

「せやね! 行こか、心菜ちゃん!」

 そして、二人も跳ねるように氷野さんの所へ。

 足元には気を付けてくれよ。



 それからしばらく。

「そんじゃ、そろそろ名残惜しいがお開きにしよう」

 時刻は午後9時半。結構な時間である。

 楽しいイベントの後は、みんなで片づけ。

 手分けをすれば、すぐに済んでしまう。



 最後にもう一度月を眺める。


「来年もここで見れたら良いなぁ」


 今度は独り言を一人で完結させることに成功。

 俺ってば、やればデキる男。



「コウちゃーん! 行くよーっ!」

「公平せんぱーい! 置いてっちゃいますよー!!」

 まったく、風情もへったくれもないが、彼女たちの呼びかけに応じぬ理由がない。


「おう。今行くよ」



 地上のウサギたちは、今宵も相変わらず。

 それはたいそう、よく跳ねるのであった。

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