第220話 天海先輩と共闘作戦

 前回のあらすじ。

 天海先輩が急に出てきて毬萌がふにゃった。



「そう言えば、夏休みはどうだった!? 楽しく過ごせたかな?」

「ええ、もちろんですわ。諸国漫遊を少々たしなみましたのよ」

 嘘つけよ! そんな水戸黄門みたいなことしてねぇだろ!?

 と言うか、宇凪市から出てないじゃん!


「そうか! それは結構! 私など、勉強に追い立てられてな! 土井くんと花火を見に行くことくらいしか、夏らしい事はできなかったよ!」

 えっ!? 天海先輩、花火見に行ってたの!?

 あっぶねぇ! 下手したら鉢合わせてた可能性があるのかよ!


「わたくし、花火大会ではチューしたのですわよ」

 や・め・ろ!

 何を言うとるんじゃい、お前は!!

 もう絶対に面倒なことになるから、その話は口外すんじゃないよ!!


「そうか! 奇遇だな! 私もちょうど花火大会でチューをしたよ!」

 あんたらには羞恥心ってもんがないのかな!?

 何なの? 俺が知らない間に、世の中はチューに関してそんなに寛容になったの!?


「わたくし、殿方に抱っこもされましたのですわよ」

 言い方!

 何と言うか、不可抗力でそういう流れになった気もするけども!

 そもそも、それ今言う必要ある!? 今じゃないとダメかな!?

 むしろ今だからダメだとは思わないのかな!?


「なはは! 抱っことは恐れ入った! 私はおんぶが精々だったよ!」

 こっちはこっちで大変だな!

 土井先輩、天海先輩をおんぶして花火見たんだ!?

 俺だったら、人ひとり背負って空を見上げるとか絶対無理だけど、あの人なら平然とやってのけそうだからさすがだよ!!



 その後も、何故か花火大会のおらが思い出自慢が二人の間で繰り広げられた。

 花火大会の思い出で負けたくなかったのか、いつになく毬萌の天海先輩迎撃モードが長続きする。

 こりゃ、しばらく放っといても大丈夫じゃないのかと思い始めたとき、本物のトラブルが起きたのだった。


「ま、待ちなさい! あなた、なんて事をするんだ!!」

 振り返ると、管理者のおじさんが倒れこみながら叫んでいた。

 ただ事ではない剣幕である。俺は駆け寄り、おじさんを助け起こす。


「ど、どうしたんすか!? 大丈夫ですか!?」

「あ、ああ、君か。すまない。私は大丈夫だが、絵が……」

 おじさんの視線の先には、市の小学生が描いた夏休みの思い出の絵画が飾られていた。

 そして、そのうちの一つが無残にも破り去られている。


「こいつぁ、ひでぇことしやがる」

 作品の主も丹精込めて描いただろうに。

 夏休み、心菜ちゃんのスケッチに付き合った身からすれば、許される事ではない。


 背後に気配を感じると、天海先輩が腕組みして立っていた。

「これは捨て置けんな! 桐島くん、行くぞ!」

「はい? 行くとは、どちらにでしょうか?」

「犯人を捕らえにだよ! 私一人でも事足りるが、園内は広いからな! 二人の方がより確実だ! か弱い神野くんは連れて行くわけにもいかないしな!」

 毬萌が巻き込まれないのは結構なことである。

 致し方ない。



 ここは、天海先輩と共同戦線だ。



「君たち、気持ちは嬉しいが、やめておきなさい! 絵を裂いた刃物を持っているはずだから、危険だよ!」

 刃物持ってるんですか!?

 それは危険だ。ヤメときましょうよ、天海先輩。


「ご安心を! 我々、対人格闘技には覚えがありますので! なあ、桐島くん!」

「はい!」

 いっけね、勢いで「はい」って返事しちった。

 対人って相手が赤ん坊でも成立するかな。


「さあ、行こう! 犯人は30代の女性だ! 緑のシャツを着ていた!」

「よくそこまで見えましたね!?」

「なはは! 基本だよ! なに、来年の今頃には君にもできるようになっている!」

 くそ暑い公園内を走りながら、天海先輩は涼しげに言う。

 多分、一生かかっても身につかないと思います。


「やや! あそこの噴水のベンチにいる女性! あれが犯人だ! よし、二手に分かれて、挟撃きょうげきと行こうじゃないか!」

 ええい、こうなりゃやってやる。

「うっす。了解しました」


「失礼! 先ほどの行為、少々見過ごせません! 出頭願います!」

 俺がへえへえ言って反対側回り込んでいるうちに、天海先輩の立ち回りが始まっていた。


「なによ、あんた! うちの子の絵が、あの下手くそな絵のせいで飾られなかったのよ! 正当な審査を受けさせてやっただけじゃない!!」

 何と言う理不尽をこねくり回した論調か。


「うむ! わが子が可愛いのは結構! だが、あなたが破いた絵の主にも、親がいて家族がいる! そこにも考えを及ばせるべきでしたな!」

 天海先輩! そりゃあ正しいですが、刃物持っている相手を刺激しちゃあ!

「うるさい! うるさいわねぇ!!」

 ほら、カッターナイフが出てきたよ!


 そして女性の背後に立つ俺。

 ……マジかよ。俺に気付いてもいないのか。

 興奮しているせいか。それとも俺の影が薄すぎるのか。

 悲しい問答をしながら、呆気なく彼女の背後にベタ付きした俺は、渾身の力でカッターを持っている右手に全力チョップ。


「ああああぁぁぁぁぁいっ!!」

「ぎゃっ」


 俺の全力チョップは相手に傷を負わせる威力などない。

 が、手に持っている物を落とさせるくらいはできた。

 ……全力なんだけどね。


「でかした! 桐島くん! ふんっ、せいっ! さあ、観念したまえ!」

 天海先輩に褒められたと思ったら、女性が取り押さえられていた。

 俺の出番、必要あったのかしら。



 その後、駆け付けた管理者のおじさんに女性は引き渡された。

 頭を下げるおじさんに対して、天海先輩は言う。


「お礼なら、この桐島くんに! 彼がいなければ、私は刺されていたかもしれません! なっはっは! 頼りないかと思えば、なんの! やはり君も男だな!!」

「いやいや! 先輩、そんなことねぇでしょう!?」

「謙遜するのは必ずしも美徳ではないぞ! では、私はこれで! 図書館に土井くんを待たせているものでな! 失礼する!!」


 そして颯爽と去って行った天海先輩。

 今日も彼女の正義は、真っ直ぐ前を向いているようだった。



 俺は毬萌にアイスを買ってやり再起動させたのち、帰路につく。

 本当に、悪い人ではないんだよなぁ。

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