第133話 花梨とカナヅチ

「ゔぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっ! せんばぁぁぁぁぁぁいっ!!」



 静かになる水面に浮かぶのは、一本のエノキダケ。

 うん。大丈夫。

 背中は非常に痛いけど、俺は無事さ。

 なに、水に浮かぶのは得意だから、気にしないで。



「す、すびばぜんでじだ! 僕ぁ、僕ぁ喜びの余り、つい!!」

「ああ、いやいや、気にすんなって。鬼瓦くんの気持ち、嬉しかったぜ?」

「ゔぁああぁっ! やはり桐島先輩は、僕の仏様です!!」

 うん。もう少し何か、カッコいい二つ名が欲しいな。

 即身仏じゃないよ? 俺、やせ細ってるけど、生きてるよ?


「タケちゃーん! こっちでウチらも投げてよー」

 先ほどの鬼神投擲オーガスプラッシュは一つのアトラクションを産み出していた。

 しかし、周囲をよく確認しないと危険な遊びである。


「氷野さん、どうする? 止めるか?」

「えっ? ああ、鬼瓦武三が投げるんなら良いわよ。許可するわ」

 おや、意外なご意見。その心は?

「だって、あの子たちが自分で飛び込むより、鬼瓦武三がコントロールして投げ込んだ方が絶対安全でしょ? あんたも、安全面に気を付けなさい」

「ゔぁい!!」


 なるほど。

 そもそもブールの面積に対して人の数が少ない今日だけの特別待遇ってところか。

「では、行ってきます!!」

 安心と信頼の鬼瓦ブランドである。


 そして女子をお姫様抱っこして、器用に放り投げる鬼瓦くん。

 その周りには「私も抱いて」と女子が群がる。

 勅使河原さんが欠席で本当に良かったと思った。



「せーんぱい? そろそろあたしの番じゃないですかー?」

 やって来たのは花梨さん。もちろん、約束は忘れちゃいない。


「おう。一緒に泳ぐんだったな」

「もぉー。ちょっと違いますよ。泳ぎを教えてもらうんです!」

「ん?」

「はい!」

「もしかして、花梨、泳げねぇの!? あぁぁいっ」

「せ、先輩! 声が大きいですよぉー!」

 君に背中を叩かれた末に出た悲鳴が一番大きかったよ。

 とは言え、まさか花梨にも苦手な事があったとは。


「そんじゃ、まあ。俺に教えられるかはかなり疑問だが。やってみるるか」

「はーい! よろしくお願いします!」

「うむ。やる気があってよろしい」

「えへへ。まさか公平先輩にコーチしてもらえるなんて思わなかったので!」

 まずは、花梨がどうなりたいのか。

 そこを聞かなければ始まらない。


「公平先輩みたいに、潜ってスイーッてやってみたいです!」

「おー。潜水か。それなら教えてあげられるな」

 むしろ、クロールとかバタフライがご所望だと俺は無力だったよ。


「そんじゃ、潜ってみるか」

「はい!」

「まずは、プールの底に沈むみたいな感じで」

「分かりました! ……えいっ」


「…………。うん。俺の言い方が悪かったのかな」

 とりあえず、花梨が顔を出すのを待とう。


「ぷはっ! どうでしたか?」

「お、おう。なんつーか、体全体を鎮める感じで潜ってみようか」

「あ、はーい! 分かりました!」

 うん。やっぱり、俺の伝達能力の欠如が原因だったようである。

「行きますよー! えいっ」



 違うね。俺のせいじゃない。

 なんでこの子、尻だけ浮いてるのかな!?



「ぷはぁーっ! どうでしたか!?」

 どうもこうも、頭隠して尻隠さずだよ。

 何と言ったものか。


「えっとな、尻も水中に入ってくれると良いんだが」

「ど、どこ見てるんですかー!!」

「ぶほぁっ」

 花梨の放った水しぶきが鼻の中に侵入し、塩素の香りが夏の到来を俺に知らせる。

 どこって、だって尻しか浮いてないんだもん。仕方ないよ。


「……せんぱーい。潜れませーん」

 何回やっても花梨の尻が浮く。

 なんだよ、ご褒美かよだって? バッカだなぁ、ヘイ、ゴッド。

 尻が浮いてくる様を繰り返し見たことがあるかい?

 シュール過ぎてМPが吸い取られそうだよ!


「分かった。もう、潜水は諦めよう」

 英断であった。

 30分くらいしか時間が残されていないのに、このまま花梨の尻ばかり見ていても得るものは何もない。


「えー! あたし、先輩とお揃いが良かったんですけど……」

 そう来ると思ったぜ。

「バタ足を覚えよう。ビート板使って。これなら俺でもできるし、お揃いだぞ」

「もぉー。仕方がないので、それで手を打ちます」


 ビート板を持って来て、足をバタバタさせたらもうそれはバタ足。

 の、はずなのだが。

「せ、せんぱっ! これ、顔が! けほっ、沈んで! 息がっ」


 今度はビート板と尻が浮く惨事。

 慌てて花梨を救出。


「おかしいなぁ」

「……先輩? なんだか、視線を感じるんですけど?」

「いや、そんだけ胸がありゃあ浮くはずだと思ってな。……はっ」


 なんで俺、すぐ失言してしまうん?


「せーんぱい?」

「……お、俺ぁ、ちょっとお花を摘みに」

「……逃がしませんよ?」

 何と言う水中での素早い動き。

 どうしてそれが出来て、尻を沈められないのか。

 そして、元凶の胸が背中に当たってますよ、花梨さん!!


「ち、違う! 別にいやらしい意味で言ったんじゃねぇんだ!」

「どうですかねー? 先輩、結構エッチですしー」

「おいおい、あんまりいじめねぇでくれよ」

「じゃあ、今度あたしの水泳の特訓に付き合って下さい!」

「いやぁ、でも、俺よりも先生役の適役は他にもたくさん」

「せーんぱい? 胸の話、マルさん先輩に言いましょうか?」


 ちょいとお待ちよ!

 胸の話と氷野さんは混ぜるな危険案件だろ!?



「よっし。みっちりしごいてやるから、覚悟しとけよ!」


「わぁー! 約束ですからね! 今度、うちのプールで!」



 ——えっ?



 そう言えば、この子のお宅、冗談みたいなプールがあったわねと回想。

 その日の更衣室のシャワーは、ことのほか冷たかった。

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